学魔の本函
『怪物ベンサム 快楽主義者の予言した社会』を読む!

ベンサム

『怪物ベンサム 快楽主義者の予言した社会』土屋恵一郎



【学魔の本函】は、学魔が「読めーー」と絶唱する本を魔女加藤が必死に読んで、魔界への道を探るという趣向です。

「最大多数の最大幸福」というスローガンみたいなものは知っていたが、それを唱えたベンサムという人物が何を考えていたのかはよく知らなかった。ともかく実にへんてこな人なのである。合理的という一言ではとても説明しきれないまさに怪物である。

彼は死後自分の遺体を解剖し、(当時解剖は禁じられていた)ミイラにして残すように遺言した。それが実行されて、現在はロンドン大学ユニバーシティ・カレッジに麦わら帽子をかぶって鎮座しているという。

彼の信条は功利主義と言われるが、それは快楽主義でもある。快楽の増大と苦痛の軽減というスタンスで社会改革を目指した。その志向性から、彼の頭に生じたものは、パノプチコン(フーコーが『監獄の誕生』で論じたあれである)の建設案であり、自由経済の極致である高利の擁護、そしてさらには通話チューブ、冷蔵庫、笑気ガスの開発、そして、生きているときには公表されることのなかった同性愛の擁護、そして法典の整備である。
これらのそれぞれがどのように関係づけられるかが筆者の力量に懸かっているのであるが、それぞれがそれぞれでなかなかの面白い着眼点になっている。例えばアダム・スミス批判としての『高利弁護論』は高利を制限していたスミスの経済論の不徹底さを批判したものであるが、ベンサムは相対のうえでの経済活動に制限は必要ないというものである。しかし、実はその裏側に社会的に高利貸として差別されていたユダヤ人への眼差しが見て取れる。
さらに相対での行為は犯罪には当たらないという視点から同性愛を犯罪としていた社会に批判を加えているのである。マルサスの『人口論』が登場した時、ベンサムは同性愛「不妊の性」こそが、人口問題の解決であると考えていた。土屋は発表することができなかった同性愛擁護論を経済に仮託して書かれたのが『高利弁護論』なのだと言う。
加えてベンサムは社会をチューブの網目構造とするという設計思想を持っていた。そこから「法」と言うものの構造も目に見えて恐怖で人を抑圧するのではなく、地下茎のようなネットワークによって犯罪の芽を摘んでしまうことができる法を構想している。
が、こんな発想は、おそらく啓蒙主義の法理論は採らないにちがいない。それは習俗観察者のモラリストの眼ではなく、むしろ、窃視者の眼である。やり過ぎ感がある。

チューブのイメージから現代の電話が想像される通話チューブなるものも発想されている。フランス革命が議場の混乱で成果を産まないことから、この直接連絡のための通話チューブも考案されたようだ。同様に議事進行をスムーズにするためのボードのようなものも考えていた。
問題のパノプチコンであるが、ここには18世紀イギリスのまさに美学が絡んでくる。いわゆる「崇高」さである。ベンサムのパノプチコンは内部にいることの不快さそのものである。しかしその不快さは、巨大なスケールのうちで、圧倒されることの快感へと、あるいは全体をコスモスとしてつかまえたという充足感へと変わってゆく。パノプチコンというベンサムの建築の理想は、効率と整然さではなく、むしろ、この崇高さへの欲望によって作られた。最大多数の最大幸福という功利主義の原則の背後にも、数量の巨大さがもたらす崇高の美学があった。
この視点はフーコーにはない視点でありなかなかに興味をそそられる。そして、ついでながら、イギリスではパノプチコン計画は挫折したのである。が、何ゆえかキューバに建てられ現在は博物館になっているとのこと。建てられた経緯は不明というが歴史の不思議さを感じる。
最後に笑気ガスであるがこれは快楽のための開発だったようだ。マリファナである。冷蔵庫は貧民が安い時に商品を購入し貯蔵できないかと考えたようで、いずれにしても、快楽追求という不思議なコンセプトで、現代を先取りした怪物ベンサム。あまりお近づきにはなりたくないが、無視もできない存在である。

魔女:加藤恵子