本宅訪問記
本宅訪問記 加藤魔女亭 ー 其の一

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高山学魔のはじめ方 其の一


本宅訪問記 加藤魔女亭 

新シリーズ「本宅訪問記]と題して、本好きのお宅にお邪魔して、その家にある本達を編集した本函を作っていきます。第一回目は、引っ越し間近の護国寺にある魔女亭にお邪魔しました。魔女亭の主・加藤恵子さんは、ホセ・マルティの研究者であり、チェ・ゲバラを敬愛、なにより学魔・高山宏さんの追っかけとして知られています。

 

 

池澤: 高山宏さんの「学魔」たる所以とか、加藤さんがそもそも、どういうところに惹かれて、あるいはきっかけで学魔本およびその知に迫ろうとされたのか?この「入門函」とともにご紹介いただけたら、わたしにもわかるかしらと思います。ぜひ教えてくださいませ!

 

加藤: 高山宏が学魔たる所以はその底しれない知識の深みに在るんです。博学というのとは少し異なるの。知のコアが全くぶれていない。だいたい、学者などという者は、数編、論文を書けば底は割れてしまい、結局、次々に手を広げて行き、浅く広くと知の世界を展開していることが多いんだけど、学魔はこの点が完全に逆なんです。つまり、小さな穴から知層を掘り進んでいくうちに底を堀り抜いて、穴の底は誰も見えないのだが、広大な空間になっているという、これが高山の知の世界、地底空間のユートピアなんです。そして、高山に入れ込む者はメフィストフェレスたる学魔に魂を預けてしまうことになる。すると、世界は通常とは逆にとんでもない世界として見えてきちゃうのよ。この面白さは病的です。

 

 

池澤: つまり、感染したんですね。なるほど、そこに魔女の起源が… 魔の魅力は他にもありそうですね。

 

加藤: 加えて高山の真骨頂は、その話術にある。彼はどんな時もメモさえ持参しない。にもかかわらず、時間内にきちっと収まるテクニック、これは芸術ではなく芸能といっていい、高等文芸の口承芸術!

 

池澤: 学会のエンターテナーならぬ、インフォテナー!
 
加藤: そう!そして必ず笑いを取る。そこには、かなりのブラックな笑いも、特に、権威を振りまわす「族」、高山はこれを「うから」とかならず読ませて、罵詈讒謗を浴びせるのだが、これが楽しい。彼の批判は、学問の質に関わるところに向かっている。緻密で、正確で、とことん努力したものでなければ評価しません。それ故、高山は若い時から群れを成さず、孤立に耐えて闘って来ました。学会などというものをなんら意味あるものとして認めない。だから、後ろ指を指されて来たであろうことも推察されるんです。高山は豪放磊落に見えるのだが、実に繊細!学問に対しても、それは垣間見えます。きちっとした土台を長いことかけて築き上げたからこそ花ひらき、現在、人文学・視覚文化のトップランナーになっているのだと思う。彼の外見とは異なる繊細さ、緻密さを私は愛しているんです。

 

池澤: 学魔のフラジャリティ、ツンデレな魔力が働いてますね。そんな高山さんとの出会いはどんな感じですか?

 

加藤: 高山本との出会いは実は古く、最初に読んだのは『道化と笏杖』、ウイリアム・ウィルフォードの訳本でした。今、奥付を見ると1983年、当時の山口昌男の道化論の系譜として読んだ記憶があります。その後、高山との並走はなかったんです。実生活での政治活動、全共闘運動崩壊後の組合活動に忙しくて勉強などしている時間がなかったという(笑)高山と出会い頭の再会を果たしたのは、四方田犬彦さんの『先生と私』で、由良君美さん現役当時の周辺、赤裸々に描かれた師匠と弟子の関係を読んで、高山を思い出したんです。

 

池澤: 由良君美直系の面目躍如たる学魔。『先生と私』、かなり話題になりましたね。

 

加藤: そのころ、私は二度目の大学でラテンアメリカ文学を学んだ後だったのだが、指導教官に受け容れられず博士課程の受験を拒否され、鬱々としていたんです。それで『超人 高山宏のつくりかた』を読んで、これが朝日カルチャースクールでの10年に渡る講義の記録だということを知り、そのまま朝日カルチャースクールの高山のクラスに入ったんです。そこからは怒涛の展開で、他人のことなど目に入らなくなり、高山のストーカーを始め、首都大東京から、明治、東大の授業まで押しかけて聴講していました。

 

池澤: 高山教授の大学での講義はどんな感じでしたか?

 

 

加藤: 高山の講義では、彼がどの本からインスピレーションを得ているかを必ず明らかにしてくれます。そこが魅力なんですね。その影響で、次々と本の蒐集に走った結果がこれです。

 

加藤: そして、これから紹介するいくつかの本函になります。あらためてそれらをひろげて見れば、学魔の知の深みが一望のもとに出来るほど本は集まってます。必ずしも学魔の指示通りに本が読めたわけではないが、ここが本の胆というところはわかるようになりました。 

 

池澤: これが学魔の入門函ですね。『表象の芸術工学』は、かなり読み込まれているようにポストイット&白い紙がはさんでありますね。これはどんな魔女ルール?

加藤: これまでは学魔のポイントをトレースするようにポストイットを張りながら読んでいたのですが、昨年『風神の袋』にべたべたのポストイットを張って高山にサインを求めたら、「きたねえ!!」と言われてしまった。悔しいので最近はもっぱらポストイット張りを少なくして、代わりに、パソコンでタイプしてテキスト・データで残すように読書方法を変えました。

 

 

池澤: そうなんですね。では、話の方向を変えて本函に戻りますね。これは学魔の入門函でしょうか?『怪物ベンサム』『裏読みシャーロック・ホームズ』は加藤さんの【学魔の本函】でも紹介されている高山さんの「読め!本」ですが、丸尾末広さんの『パノラマ島奇譚』と、『「こころ」とのつきあい方』はどんな連関になりますか?

 

つづく…