ろうろう
夢と現実が溶けた朧朧たる劇場

うつつ・うつら

『うつつ・うつら』赤染晶子・著(文藝春秋)

舞台は京都の場末の劇場。マドモアゼル鶴子はここで30年毎日同じ漫談を繰り返している。階下の映画館からは「あっれーぇーぇーぇー」となまめかしい声が漏れ聞こえてきて客の気を散らし、劇場のお茶子はわらべ歌の「ほっちっちー」のところだけを繰り返し唄っている。鶴子は映画の美人女優になるという夢をかたく信じて、この劇場で生き抜いてきた。そんなある日、客が置いていった九官鳥が劇場の言葉を繰りかえしだした。劇場で生きていた言葉が意味を奪われる、そう感じた鶴子の意識が変わっていく…。

はじめ、ぬるま湯(劇場)に浸かった鶴子が自分と重なったが、語りの文章のおもしろさに感傷に溺れていられなくなった。読中も読後の今も、奇怪なオノマトペが頭の中をぐるぐる回っている。ふと、鶴子が30年やり続けた漫談は、九官鳥の声真似と同じだったのか、違っていたのかと考えたりしている。BGMは「ほっちっちー」だ。作者の仕掛けたおぼろにかすんだ語りの淵から、当分抜け出せそうにない。

赤染晶子は2004年に『初子さん』で文学界新人賞を受賞してデビュー。『乙女の密告』で第143回芥川賞受賞。
本作は2007年刊行。著者の優れた語感を堪能できる。真綿のように“読み触り”がよい文章は、定期的に読みたくなりそうだ。
(よしの)