かぶく本箱
天草の巫女は東シナ海とお点前の夢を看る

出星前夜

 

●発端は「みぞか招き人形」

前述の『アートの起源』から生まれた妄想で、私は少し前に茶会を開きました。それはアーティスト・真珠子さんをお正客さまに招き、彼女の世界でテーマ展開を行うというものでした。

20140714茶会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とあるご縁で知った真珠子さんは、熊本は天草生まれのアーティスト。「少女性」をテーマにイラスト・アニメーション、インスタレーションなど、めくるめく世界を表現しています。個人的に作品から感じるのは、消えて行く時間や行きつ戻りつの記憶の如くの「氣」が、ふわふわと浮遊している雰囲気。お人柄も作品も、菩薩的な包容力を秘めているのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もともとは、個展で真珠子さんが創った「みぞか招き人形」と眼が合ってしまったのがきっかけ。このお人形を茶室の床に置きたい!と妄想が始まったのです。

その個展では、天草がフィーチャーされていました。天草といえば天草四郎ぐらいしか知らない私でしたが、真珠子さんが『陣太鼓』で有名な菊池の和菓子処、『香梅』のアートアワードを受賞。そのお話から菊池一族の話題に飛ぶうちにお茶会にお誘いし、快諾いただいた次第。

個展の際に、ご自身で天草を紹介した文があります。

その龍が棲んでいると言われている袋池は、あの天草島原の乱で天草四郎が落とせなかった 富岡城の麓にあります。城跡は、真珠子幼少時の遊び場でした。保育園のお散歩は、まさにその山城のけもの道を泥まみれになってかけぬけることでした。そこで拾ったしいの実をおやつの時間に食べました。

保育園は、鎮道寺というお寺の中にありました。その”おみどう”には、あの日本の変革期に大活躍した若き日の勝海舟の落書きがあります。このお寺に滞在したときに、

 「蒸気の御船にのりて再びここ旅に寝せしかば、たのまれぬ世をば経れども契りあらば ふたたびここに月を見るかな  日本海軍指揮官 勝麟太郎」

と柱に書いて帰ったそうです。

●天草の乱を紐解く

真珠子さんの作品の、おさなごころの漂う色彩を観ていると、きらきらと気持ち良くなります。同時に彼女の文章を読むうちに、私自身が生まれ血を受け継いだ九州の面影、裏返しにある故郷への屈折感、そして遥か昔に乱で命を落とした人々の無念などなどが、順不同で想起されてくるのでした。

茶会の前提が、上記の香合見立てのお人形。天草陶石でつくられたものです。となると、次に浮かんだのは、天草島原の乱で使われた「天草四郎陣中旗」(正式名称「綸子地著色聖体秘蹟図指物」)。聖杯をモチーフにした、地元の方々にとって大切な旗だそうです。

この乱を掘り下げると、この「聖杯」に感じるところ多く。利休の茶道の完成と自刃、朝鮮出兵、キリシタン禁教、江戸幕府開始、鎖国完成が50余年の間に圧縮されています。キリストの血を表わす聖杯を交わす儀式と、一期一会で一杯の抹茶を回し飲みする禅の茶道。同じ時代に出会ったことが偶然なのかどうか。利休はキリシタン大名でもあった高山右近ら弟子たちと、そのことについて語ったのか、あるいは暗黙の情報交流があったのかどうか。

クロニクルしてみました。
 1587 秀吉、耶蘇教布教禁止
 1591 千利休、自刃
 1592 秀吉朝鮮出兵
 1597 長崎26聖人殉教
 1603 徳川家康、江戸幕府を開く
 1614  高山右近事件(切支丹148人をマニラへ追放)
 1615 古田織部、自刃
 1636 長崎に出島
 1637 天草・島原の乱 島原、天草の切支丹蜂起
 1639 徳川家光、鎖国の完成

乱は3万7千人の蜂起者に対し、12万4千から成る全国動員の征伐軍。4カ月を経て兵糧攻めの後、キリシタンたち蜂起者は皆虐殺されました。鎖国のみならず、この乱の終結をもって徳川幕府体制が完成したとは、よく言われるところ。

改めて調べてもきつい事実。知っているようでほとんど知らない、乱の関連本を探してみました。

出星前夜 /飯嶋 和一 (著) 

アニマの鳥/石牟礼 道子 (著)

島原の乱 (中公新書) 神田 千里 (著) 

天草島原の乱とその前後 (上天草市史 (大矢野町編3 近世)) /鶴田 倉造 (著)

読書というより調べ物として複数の本を揃え、目次を経て全体に目を通して把握する当初の計画。でも、この乱はそんな一筋縄では理解できない。まだ学術的に解明されていない点も多い様子で、小説を読みだすと登場人物に大いに肩入れしてしまうし、正直、重い内容です。ここでの「キリシタン」の意味はあまりに大きいです。じっくり深読みしていきたい。

『出星前夜』は読みやすく、そして魂鷲掴み。蜂起のリーダーたちに村上水軍や朝鮮出兵参加者がいたと知り、理解が立体化しました。神田氏の新書は、情緒に流されることなく客観的に乱を分析。彼らの乱が、一揆のみならず、終末思想を基盤とした宗教戦争でもあったと主張。だからこそ時代の狭間の彼らの悲惨さが、じわじわ来ます。地元で出版された鶴田氏の著作は、極めて精密な史実記録データが掲載されていて、拠り所になりそうでした。しかし、絶版の本も多いようです…

九州唐津は、秀吉の朝鮮出兵のために全国の大名が終結し、茶会も盛んに行われた場所。多くの陶工が渡来して、唐津焼が興隆を究めました。土地には栄華な気配が濃密に残っています。そしてその数十年後には、唐津から乱の制圧のために兵が出陣。九州は何処をどう転んでも、時代の転換期の象徴が刷り込まれ、そして大陸との往来が繰り返されます。

真珠子さんと話す出すと、話題は茶道や乱の範疇を越えてしまい、平戸や遊郭や鄭成功や真珠子さん一族の冒険譚にまですっ飛んで、まるで「私達の前世は女海賊」気分!

●3D茶会編集の詰め

そんな次第で、茶会のテーマは《天草の巫女は東シナ海とお点前の夢を看る≫と定めました。

主役のお軸は3つの要素を構成。拙いながら自作です。

20140714茶会4

 

掛物 《旋律聖体秘蹟》

  「愛染明王像」 真珠子さん 御作
  「綸子地著色聖体秘蹟図指物」(島原の乱 天草四郎陣中旗) 
  「子宮ちゃん」真珠子さん 御作  

私が亭主を務めるのは10年早かったと後から赤面しましたが、それでも、お茶会は楽しいです。楽器を奏でる友もお客さまとして参加してくださり、お点前は音楽のようだと教えてくれました。

企画段階で最初に考えたテーマは「アート」×「天草・島原の乱」。しかし、茶室はやはり3Dの魔法を持っているのでした。2に限定されない+1の時空が加わって、場はすっかり真珠子ワールド全開!わが茶匠の導きと社中の方々の献身的な協力をいただき、九州所縁・香りの良い星野のお茶と真珠子さんコラボのお菓子『天草南蛮みぞか巻』で、五感で愉しんだ一期一会。真珠子さんにはただただ感謝です。<(_ _)>画像などもお借りしました。

本で諸々のモノコトに関係線を引きつつ床や軸を考え、季節を取り込む3D、おおごとですが面白いです。次には海賊茶会を開きたくなりました。かぶく本棚と同時企画のかぶく茶会などなど、妄想は果てませぬ。

 by 牛丸