情熱の本箱
出版社や書店の社員になった気分に:情熱の本箱(15)

最近空を
出版社の社員、書店の社員になったような気分にさせられる作品


情熱的読書人間・榎戸 誠

読書好きのせいか、出版社や書店が舞台になっている作品には、つい手が出てしまう。

『最近、空を見上げていない』(はらだみずき著、角川文庫)は、小さな出版社の営業担当者・作本龍太郎を巡る連作短篇集である。

作本は、ある日、書棚の前で頬に涙を流している女性書店員を目にする。彼女はなぜ泣いていたのだろう。やがて、思いもかけない物語が明らかにされる。

「不況はこの(書店)業界にも例外なく押し寄せ、人々の活字離れは最早話題にすらのぼらないほどあたりまえのこととなっている。昔からあった街の小さな書店は姿を消していき、効率を重視した代わり映えのしない大型チェーン書店が生き残る術を模索している。・・・人々は『本を買う』、あるいは『読む』、という意味さえ失いかけているように思えることがある。多くの人が漫画喫茶で漫画を読み、新興の古本屋やインターネットで本を買うようになった。我々(書店員)にできることは、とても限られている。少なくともそれは、世界中の本を一堂に集めることでも、よく訓練された犬のようにリクエストされた本を書棚から見つけてくることでも、出版社と共謀して祭り上げられたベストセラー本を売ることでもない、と私は思っている。『あった!』。書棚の前で叫ぶ少年の声を聞いたのは、何年前の夏休みのことだろう。せめて本との邂逅の手助けになるような現場の仕事に励んでいきたい」。

折り合いが悪い編集者との関係に悩む作本に、意外な転機が訪れる。

「出版社における編集部と営業部には目に見えない壁がある。意思の疎通がうまくいっているとは言い難い。もっとわかりやすくいえば、仲がよくない。少なくとも僕が勤めてきた、社員10人に満たない零細出版社においては、そうだった。大手の出版社にしたって、あまり変わらないのではなかろうか。もちろんそこにはいろいろと理由がある。たとえばうちのように編集部と営業部が別のフロアに分かれていたり、勤務する時間帯にずれがあったり、本を企画するのは編集だけれど、本の部数の決定権を握るのは多くの場合営業で、それをおもしろくないと感じている編集者もいよう。しかしもっと根深く、決して表には出てこない感情が存在するような気もする。――本を作ってるのは、我々編集者だ。――本を売ってるのは、我々営業マンだ。 そんなお互いの自負が水と油のように融合を妨げるのではなかろうか。しかしより強いコンプレックスを抱いているのは営業サイドのほうだろう(と僕は自覚している)」。

「この10年で4000軒近くの書店がなくなっている。書店の数が減るなかで、書店はますます大型化し、小さな書店は減る傾向に拍車がかかるかもしれない。もちろんネット書店の影響も甚大だろう」。

「最近は営業が編集者を連れて書店に来るケースが増えたと、野際(書店員で、作本の友人)が教えてくれた。なかにはひとりで来る編集者もいるという。そのほうが販売の現場の声が、本作りの現場に届きやすくなるかもと喜んでいた」。

「僕ら出版社の営業マンは、本を編集して作ることはできない。それは編集者の仕事だ。僕ら営業マンにできることは、本が読者の目に少しでも多く触れる機会を作ること。一度は書店に並びながらも、倉庫に返品されたその本に再び新たなチャンスを与えること。それが大切な仕事のような気がする。簡単にあきらめてはつまらない。どこかでその本を必要としている人がいるかもしれない。営業マンと編集者の仕事はちがえども、やりたいことはそうちがわない」。

いつの間にか、自分も出版社の一員、書店の一員になったつもりで、今後の出版社はどうあるべきか、書店はどうあるべきか、あれこれ考え込んでいる私がいる。