情熱の本箱
いよいよ習近平対江沢民の最終決戦が始まる:情熱の本箱(101)

13億分1

いよいよ習近平対江沢民の最終決戦が始まる


情熱的読書人間・榎戸 誠

私が『十三億分の一の男――中国皇帝を巡る人類最大の権力闘争』(峯村健司著、小学館)を手にしたのには、2つの理由がある。1つは、2015年8月12日に中国・天津市で起こった大規模爆発事故をきっかけに、習近平対江沢民の最終決戦が始まるという予感がするからだ(今日時点では、事故の真相は不明だが)。もう1つは、かつて朝日新聞に連載された、中国共産党の暗部に鋭く迫った「紅の党」シリーズの担当記者グループの中に本書の著者・峯村健司の名があったことを覚えていたからである。この連載記事は、記者魂が結晶した力の籠もったものであった。

「本書では、私が実際に体感したことしか、描いていない。ひたすら『現場』に足を運び、そこで起こった『ファクト(事実)』のみを記している」。「私は、2007年5月から5年10カ月の間、朝日新聞社の北京特派員として、巨大な隣国の躍動を追いかけた」。

「党の不祥事を監督する中央規律検査委員会の関係者が『裸官』の典型的な手口を教えてくれた。①子女を留学させる。子女がいなかったり成人したりしている場合、愛人に永住権を取らせて移民させる場合も。②妻が続いて出国。③地下銀行などを使って目立たぬように資金を移動。④幹部本人に身の危険が及んだら、家族や愛人が待つ外国に逃亡」。

「米国の政府や研究者の中では、『習近平の権力は強い』という認識でほぼ一致している。中国内政を研究しているボストン大学のジョセフ・ヒュースミス教授は、『前任の胡錦濤、その前の江沢民と比べても、習近平は権力基盤を築くのがきわめて早く、より強固だと言えます』と分析する」。「習指導部は、長老による干渉を受けずに政権を運営できるような制度となった。最高実力者だった鄧小平の影におびえていた江。その江の『院政』にがんじがらめになっていた胡の2代の政権とは異なる本格政権とみることもできる」。

「トラもハエも退治しろ――。習近平が2012年11月に党総書記に就くと、こうした刺激的なスローガンを掲げ、大規模な腐敗撲滅キャンペーンを展開した。『ハエ』とは一般党員、『トラ』は高官を指す。就任して2年余りで、25万人を超える共産党員を逮捕・処分した」。

習はなぜ、薄熙来だけではなく、聖域を侵してまで徐才厚や周永康らを摘発したのだろうか。なぜ、就任して間もないのに何かに急かされるように彼らを失脚に追い込んだのだろうか。「この疑問を解明するため、党中枢の事情を知る関係者らの話を聞いていくと、実はバラバラに見えるそれぞれの事件が、一つの『地下茎』でつながっていることがおぼろげながらもわかってきた」。

「元党高官を親族に持つ党関係者が、政権中枢に近い人物から聞いた話としてにわかに信じがたい証言を耳打ちしてくれた。『薄熙来が、徐才厚らとともに『政変』を起こす準備をひそかに進めていたようなんだ。18回党大会で総書記になった習近平を引きずり下ろして、薄自らがトップに就く計画を企てていたらしい。真相は今でもわからないが、習指導部に対して何らかの謀略を画策していたことは間違いない。薄や徐らを摘発しなければ、習が逆に失脚させられかねない非常に緊迫した状況だったわけだ』」。

著者の取材は、核心に迫っていく。「失脚が目前に迫った薄を助けるべく、その『後ろ盾』が遂に姿を現した」。「周はその権力を盾に、最後の最後まで薄熙来を擁護していた。ほとんどの常務委員が薄の処分を認める中、周だけが強く反対していた。(薄を裏切った)王立軍が米国総領事舘に駆け込んだ際にも、周は配下の武装警察を出動させている。総領事舘を包囲し、王の亡命を許さないよう、米国に圧力をかけたのだった。この時点では国内にさえ留めておけば、王の握る最高機密をもみ消せると思っていたのだろう。軍系シンクタンク関係者が、二人の関係を説明してくれた。『周永康は、薄熙来の後ろ盾のような存在なんだ。米総領事館駆け込み事件が起きた時も、薄が周に相談して、対応についての指示を受けたことを裁判でほのめかしている。周は、薄の能力と実行力を高く評価しており、後継者にしようと考えていたんだ。薄が中央政法委書記に就任したら、捜査機関を動員して習近平氏の汚職を捜査し、追い落としを図ろうとしていたのだ。それを周永康と徐才厚が全面的にバックアップしていたわけだ』。これがクーデター計画の全容だ」。

なぜ、彼らは薄と手を組んだのだろうか。「ここまで膨れあがった(周の)不正資金を隠し通すことはほとんど不可能と言えた、18回党大会で定年引退することが決まっていた周が辞職すれば、悪事が白日の下にさらされるのは避けられなかった。これこそ周がクーデターを企てる動機であったと、党閣僚級経験者を親族に持つ党関係者は説明する。『深刻な汚職を抱えていた周永康と徐才厚は引退後も捜査をされずに生き残るためには、関係が近い薄熙来を後任に担ぎ出して罪を目こぼししてもらう必要に迫られていたのだ。だからこそクーデターといういちかばちかの賭けに出るしかなかったんだ』。追い詰められたネズミがネコにかみつこうとするように、引退間近の汚職にまみれた二人が政変を起こそうとしたわけだ」。

さらに、驚くべき事実が明かされていく。「実は、胡錦濤の最側近・令計画もこの政変に加わっていた。この時、令は胡の覚えもめでたく、18回党大会では常務委員会入りするのでは、という臆測も出ていた。引退する周や徐とは異なり、飛ぶ鳥を落とす勢いだったはずだ。なぜ危険を冒してまで、薄に近づいてクーデターに参画しようとしたのだろうか。党関係者に疑問を投げかけた。『令計画はあまりに胡錦濤に近すぎたんだ。胡の引退を控え、将来の自分が心配になった。そこでニューリーダーの呼び声が高かった薄熙来に急接近を図ったんだ。妻や息子の深刻な不祥事を抱えていた令にとっては、どうしても引き続き後ろ盾が必要だったわけだ。しかも二人は同じ山西省の出身で、個人的にも親しい関係だった』。令は息子が乗ったフェラーリの事故の対応をめぐるトラブルや、妻による多額の不正資金流用の疑惑を抱えていた」。

「疑惑を抱えて追い込まれていた周永康、徐才厚、令計画の3人が、九死に一生を得ようと派閥や出自の違いを乗り越え、最高指導部入りの再起をかけようとした薄熙来を担ぎ上げ習近平に謀反を起こすことで、思惑が一致した」。中国の共産党や政府は、3人の罪状がクーデターだったと公式には発表していないが、この結論には、正直言って、本当に驚いた。クーデターが存在したことも驚きだが、胡の愛弟子の令も加わっていたことには、腰が抜けるほどの衝撃を受けた。私の中国ウォッチャーとしての自負が崩壊した瞬間である。

当初、江は子飼いである周と徐への刑事責任の追及に強く反対した。二人が立件されれば、江にも捜査の手が及ぶことは避けられず、江の家族や親戚の巨大な不法・不正蓄財が暴かれてしまうからである。

「常務委員経験者を親族に持つ元政府関係者の証言。『習近平は<相手をやらなければ自分がやられる>という危険な戦いを始めたのだ。追い込まれた江沢民系の一派が、習の暗殺を試みる可能性も十分に考えられる。習はそのことをよくわかっていて、身辺警護に、これまで使っていた武装警察隊員の代わりに、あえて徐才厚との関係が最も薄い空軍の空挺部隊の精鋭に任せた。安全を確保するため、できるだけ軍用機に乗り、地下道を使って移動するほど注意を払っているんだ』」。

天津市の爆発事故を契機とする習vs江の最終決戦はどういう経過を辿るのか、そして、その後の習が中国をどう導いていくのか、ますます目が離せない日々が続く。