情熱の本箱
少年受刑者の、たった一行の詩――空が青いから白をえらんだのです:情熱の本箱(176)

空が青いから

 

少年受刑者の、たった一行の詩――空が青いから白をえらんだのです


情熱的読書人間・榎戸 誠

この10年間で私が一番泣いてしまった本、それは『空が青いから白をえらんだのです――奈良少年刑務所詩集』(寮実千子編、新潮文庫)という小さな詩集です。

「空が青いから白をえらんだのです」。このたった一行の「くも」という題の詩は、普段はあまりものを言わないAくんが書いたものです。体が弱く、いつもおとうさんに殴られていて、6年前に死んだおかあさんの最期の言葉が、「つらいことがあったら、空を見て。そこにわたしがいるから」だったのです。朗読後、この詩が仲間たちの心に届いたと感じた瞬間、Aくんの固く閉ざされていた心の扉が開いたのです。

重い罪を犯したため長期服役中のFくんの「ゆめ」という題の詩は、「ぼくのゆめは・・・・・・・・・・・・」というところで絶句して、終わっています。

「なんでもかんでも 消せる消しゴム/ いやなことや/ いろんな人に迷惑かけたこと/ こんな自分を 消せる消しゴム/ そんな消しゴムが あったらいいな」。「まほうの消しゴム」という題の詩からは、犯した罪に対するLくんの後悔の重さが、ずっしりと伝わってきます。

「恩返しなんて おれにはできひん/ もらったもんが 大きすぎるから/ 恩返しなんて おれにはできひん/ でも/ 悲しませることは もうせえへん/ もうせえへんよ おかん」。「バカ息子からおかんへ」という題の詩です。

この詩集は、奈良少年刑務所の更生教育の一環、「社会性涵養プログラム」から生まれた作品57篇で構成されています。入所者は、家庭では育児放棄され、周りに手本となる大人もなく、学校では落ちこぼれの問題児として教師からもまともに相手にしてもらえず、かと言って福祉の網の目にはかからなかった、そんな一番光の当たり難い所にいた子供たちが多いのです。従って、情緒が耕されていず、荒れ地のままなのです。「ほんのちょっと鍬を入れ、水をやるだけで、こんなにも伸びるのだ。たくさんのつぼみをつけ、ときに花を咲かせ、実までならせることもある。他者を思いやる心まで育つのだ。彼らの伸びしろは驚異的だ」。

本書を読み終わって、感じたことが3つあります。その第1は、少年受刑者たちの更生を願って、こんなに多くの人たちが熱意を持って取り組んでいるということ。その第2は、詩というものが、氷のように冷たく凝固した心を溶かす力を持っているということ。と言っても、これはそう簡単なことではありません。奈良少年刑務所では、これまで詩に接したことのない入所者のために、十分な配慮がなされています。①絵本を読む、②それを朗読劇として演じる、③金子みすずやまど・みちおの詩を読んで、感想を述べ合う、④詩を書く、⑤その詩を朗読し合い、感想を述べ合う――という段階を踏んでいるのです。その第3は、私も彼らのような家庭環境で育っていたら、同じような道を辿っていたかもしれないということ。

本書は、先ず、現在、服役中の人たちと、その家族に読んでもらいたいと思います。次に、幸いなことに不幸な育ち方をせずにすんだ人たちも、ぜひ手に取ってほしいのです。詩という不思議な力を秘めたものによって、魔法にかかったかのように変わっていった受刑者たちだけでなく、私たちの心の持ち方も大きく変わるかもしれないからです。