魔女の本領
ガルシア・マルケス「百年の孤独」の根本…

『バナナのグローバル・ヒストリー いかにしてユナイテッド・フルーツは世界を席巻したか』


今や世界中が新自由主義経済の桎梏にあえいでいる。何周遅れかの日本もまた、何を血迷ったのか、おいつかないとお取り残されるとばかりに経済をすべてに優先するという悪魔の誘惑に自ら飛び込んでいる。そんな時、みなさんご存知のバナナ共和で先陣を切ったユナイテッド・フルーツとはどんな存在であったのか?そんな本『バナナのグローバル・ヒストリー いかにしてユナイテッド・フルーツは世界を席巻したか』ピーター・チャップマン著 小澤卓也・立川ジェームズ訳を読む。

ユナイテッド・フルーツのバナナ植民地については、研究所でよりは文学として鮮烈に記憶に残る。ガルシア・マルケスの『百年の孤独』の根本であるし、マルケスの作品を支えたと言われる祖母の物語る記憶。そのイメージが強烈にあった。それだけではなく、マルケス以前にノーベル賞を取ったミゲル・アンヘル・アストゥリアスの『緑の法王』とはユナイテッド・フルーツで暗躍した人物を主人公としたものであった。

我ながら恥ずかしいのだが、本書で初めて知ったことが多かった。それはバナナは今私たちが目にしている黄色いバナナは中南米に固有にあった作物ではないということや、植えかえねば永続性が保てない作物だったことも知らなかった。そして何よりも、今現在バナナの歴史を知ることがいわゆる多国籍企業による効率による企業活動がいかに土着の農産業と政治、経済を破壊するかの見本を見事に見せてくれていてそれゆえの重要な問題を見せてくれているからである。

バナナはスペイン人によってカナリア諸島から持ち込まれた。1590年にはカトリックを布教するためにアマゾン川やオリノコ川で食用に適した数種類のバナナの栽培が始まる。19世紀になり独立後、国家経済を支える輸出作物として重要視され、地下資源に恵まれないグアテマラ、ホンジュラス、エルサルバドル、ニカラグア、コスタリカなどがバナナ産業に手をつけた。しかしいずれの国も独自の国の意向での動きとは言えない。今でも中南米の国々が強弱はあれアメリカの動きに左右されている現実は当時はさらに強かった。ユナイテッド・フルーツはいわばアメリカという国の政治と深く結びつき、時には政権とは相反する動きを取りながらも、最終的にはアメリカの利益のためになる面も裏もある傀儡である。

マルケスの『百年の孤独』を読んだ時、なんで鉄道が関係するのだろうかと判然としなかったのだが、本書で明快に理解した。ユナイテッド・フルーツは鉄道と抱き合わせで土地を取得し、鉄道は国のインフラではなく、バナナの積み出しのための鉄道であるため、バナナプランテーションがバナナの病気で一気に全滅すれば(バナナの病気はしばしば全滅させたということだ)、鉄道もまた放棄され、プランテーションごと移動してしまうということが当然のこととして行われていた。またそれを前提として、占有された土地は広大で、コスタリカでは1884年に国土の6パーセントを譲渡し、22年間の免税と99年年間の鉄道使用権を当時の会社を動かしていた個人、キースなる人物に認めている。ラテンアメリカの安い労働力を利用しながらユナイテッド・フルーツ(UFCO)はリンゴやオレンジより栄養価が高く、厚い皮に包まれて持ち運びに便利なバナナをアメリカ国内のファストフードとして定着させていった。UFCOは台頭してきていたライバル会社も吸収し、子会社化して巨大化していった。グアテマラでは当時腐敗の極致にあった同くさい政権を抱き込み、さらにはホンジュラスへと国境を超えて進出してゆく。さらにニカラグア、ホンジュラス、エルサルバドル。結局1930年までにUFCOはグアテマラ、ホンジュラス、コスタリカ、パナマの中米諸国、そして南米コロンビアも含めた「バナナ共和国」(実態は「帝国」)を築き上げた。もちろんその労働は過酷を極めていて労働者の反乱も頻発していたのだが、いずれもが反共、独裁政権の軍事的な介入で粉砕されていった。

第二次世界大戦後もアメリカはさらに露骨に反共の砦として独裁政権の後ろ盾になり、ひいてはUFCOの経済活動を支援することになった。初期にはバナナ共和国を形成するための条件は地理的な優位性やアメリカへの輸出積み出し港の存在の重要性であったが、戦後はアメリカの軍事的な後押しを前提にした政権へのコミットの有無、権力がアメリカに都合がいいかによるという、今私たちが危惧している新自由主義の問題点と同じ意味合いがすでに見て取れる。すなわち政権の腐敗による多国籍企業の侵略を許すかという大問題が、すでに見て取れるわけである。例示するならば2国が重要な点を見せてくれているかもしれない。一つはコスタリカ。コスタリカは政権の中に共産党を入れることで、民主主義を維持したことで軍事独裁政権の腐敗とUFCOの密着を阻止しえたこととアメリカの介入をも避けえたこと。もう一つはキューバである。キューバは革命前はバナナプランテーションもあったし、カストロの父親すらが関係者であったが、革命後UFCOの植民地からの解放を成し遂げた(カストロが国有化した24番目の会社であった)。しかしUFCOはカストロ政権転覆のアメリカ政府のピッグス湾侵攻に会社のバナナ運搬船2隻を出している。この侵攻は失敗に終わった。

UFCOが衰退に向かうのはバナナを病気なのだが、それへの対応の遅れや新種への転換の遅れがスタンダード・フルーツに遅れをとることになる。しかし決定的であったのは各国の労働者の抵抗である。またアメリカ国内においてもUFCOの体質の古さや、マッカーシー旋風が収まって、単なる反共に疑問が呈されてくるとともに、独占企業の問題が指摘され、分社化が求められてくる。追い打ちは1974年のホンジュラスのプランテーションがハリケーンで壊滅し、当時会社を牛耳っていた最高責任者が1975年、株の失敗で自殺するという結末を迎える。

しかし現在でもバナナは多国籍企業の独占は引き継がれていて、デルモンテ、チキータ、ドールの三者がほぼ独占している。

「百年の孤独」のラストシーンに強風で巻き上がって全てが消え去ってゆくのはこのUFCOのバナナ共和国の消滅を象徴していたとも読めたのか。残念ながら、そこまで読み切ってはいなかった。

ここまで来て、多国籍企業の国家侵略のあこぎさには驚くばかりだが、最終的に国民の主権さえもが企業に左右されてゆく。その歴史の明らかな事例がここにある。今私たちは、薬品や水や種までが多国籍企業に売り渡されている。土地も漁場さえもが・・・グローバル・ヒストリーの最悪の側面を学ぶべきだ。甘いバナナを安けりゃいいという発想は危険だ。その裏には労働者の権利を侵害し、国家の主権さえ危うくなるという問題を考えなければならない。

考えさせる本です。ぜひ一読ください。

魔女:加藤恵子