かぶく本箱
鉱脈の響きわたる物語『アメノキツネ』

 

アメノキツネ

アメノキツネ芳納 珪著 フラニカ書房発行

ご縁とは不思議なもの。もともと選り好みが激しい性格なのですが、最近は人から勧められるままに風が向きます。お勧めに応じると何故か良いことが起きること、因果には明らかに連鎖傾向があることに気付き、出逢いはできるだけ受け入れるようになりました。

 そんな中で読んだ『アメノキツネ』は、【遊読夜会】でよくお会いするHさんが芳納 珪名義で創作なさった小説(Hさんは本来はアーティスト!)。たまたま本を説明している場に遭遇して、読ませていただいた次第なのです。しかしこの本、帯にある「和風ファンタジー」の通り、私にとっては件の「ご縁」の訪れ・音連れ本となりました。

 頁をめくる毎にわくわくするののも、久しぶり。小説はずっと読んではいるものの、どうも歴史追っかけ中の資料感覚だったようで。それが今回は、キャラの立った登場人物への感情移入をとても楽しめました。

 物語の設定は現代、主人公はある力をもつ大学生マキと16歳のリョウ。彼らには姉弟とも師弟とも同志愛とも取れる、微妙な関係線が引かれてます。早々に「狗(きつね)」と「鉱物」の鍵穴が明かされて神社や巫女の要素も揃うので、舞台モードにはすっと入りこみました。

  大きなる星、東より西に流る。すなわち音ありて雷に似たり。

 時の人の曰く、流星の音なりと。また曰く地の雷なりと。

 ここに僧旻僧が曰く、流星に非ず、地の雷にもあらず、
 これは天狗(あめのきつね)なり。
 その吠ゆる声、雷に似たるなりと。

『日本書紀』のこの引用が伏線になり、知らず知らずにどぉぉんと雄大な展開に突入して二人は試練に立ち向うのですが、強力な敵が現れて… という物語(ネタバレを避けプチ案内に留めます)。

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今回の読書の楽しさは、小説と読み手という一般要素のみならず、作者が知っている人である、という2+1の特殊設定にもありますね。だから編集技法に興味深々となり、「なんと、そう来たか」「おお、さっきの伏線がここに!」などなど、前のめりになりました。普通に小説を読む時って随分と受身だったんだ、と初めて気が付きました。もっとも、その深読みにしっかと応えてくれる展開があるからこそ、ますます先が楽しくなったのですが。

 『アメノキツネ』が面白いのは、リアルな骨組みがあるから。まず導入部、登場人物の会話がしっくり心地よく、何気に弁護士や博士たちの肩書きを裏付けます。それから「香り」。ハーブティーや煙草の設定が細かいのですが、この伏線も後半に効いてきます。それに、和事の型。所作の説明がわかりやすくて迫力もあって凄い!と思ったら、なんと作者ご本人、この小説のために弓道まで習ったのだとか。細かい話ですが、襖の開け方の描写にも唸りました。

 しかし一番愉快なのは、脇役のキャラの立ち方です。自称妖怪ライターのケンジ、登場からして実に冴えないし情けないのに、何故かお気に入り決定。先に進むと実は重要脇役とわかり、思わずにやりと…そして型に嵌まり過ぎてもはや型を破壊する如くの、笑いさえ誘う最強の三高悪役!

続編の企画も無きにしにあらずのようなので、これは期待して待つしかありません。ケンジにはますます情けなく立ち回って欲しいし、正義の味方の二人がどう成長していくかも楽しみです。ハリポタみたいにどっぷりダークサイドに突入していくのかしら。あるいは手に手を取ってかぶいてくれるかも。いやいやピュアでクリアなリョウは、もしかしたら変異変容していくのかしら…と勝手な妄想が湧くのです。

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ところで調べてみると、『日本書紀』からの天狗の引用は、舒明天皇の条の9年(637年)に記載があるとのこと。どうやらこの時代前後は異常気象や火山活動ばかりか、大地震も続いた時代のようです。

 歴史を追いかけると、一度は幕末の志士や忍者や悪党のような、まつろわぬ人々に魅かれるもの。私も義理や任侠にたっぷり浸りました。しかしそのうちに、日本の歴史とは風土そのものであることに、遅ればせながら気付いた次第。プレートの上に乗っかった日本列島では、中央構造線のような鉱脈伝いに、富と権力と宗教が交差した時代があったはず。まつろわぬ人々は時にはそのライン上に訪れる者となり、時にはその結界を敵から守る者ともなったなあと。このプレートあればこそ黄金の国ジパングは鉱物資源に恵まれたし、そして地震も永遠に絶えないことも思い出しました。

『アメノキツネ』は「天」のお話でもあるのにそんな「地」の妄想も浮かんだ、琴線にごんごん響く読書の時間でした。ご縁に感謝。

 by牛丸