かぶく本箱
陽明学から近松経由で歌舞伎・文楽へ

いよいよ歌舞伎座の新開場も近い。かぶく本箱も、少々?ブランクがあったので、しばらくお祝いの本選びを進めなくては。

がしかし、この本箱は歌舞伎カテゴリーの本箱ではなく、

歴史のウラオモテを行きつ戻りつするアウトローたちの動きがいつの間にか芸能となり、その氣がまた社会への何かしらの影響を与えたような、いわば「氣の波動」を追った本箱

として意識していくつもりなのであります。

私は歌舞伎を知る前に歴史にハマったのですがが、無知なだけに最初の対象期間は、江戸限定でした。がしかし、江戸のクライマックス・幕末をなぞると、辿りつくのは南北朝なのです。そしてその対角線のもう一方は、私的には第二次世界大戦。その対角線の意味に気付くまでに数年間。幕末の激震の前に国学と歌舞伎が浮かび上がったことが、やっと腑に落ちたのです。

妄想空想癖とともに、そんな風に、彼ら傾き者・数寄者・まつろわぬ(服わぬ・順わぬ)者たちの系譜となる本箱を、作ってみようと思っています。

時代順ではなく、出発点の江戸を起点に辿りついた南北朝周辺まで、何回に分かれるか未定ですが、自分が巡った探索順に配置してみます。

陽明学

近代日本の陽明学 (講談社選書メチエ) 小島 毅 (著)

まずは、鍵穴であった陽明学を探る途上で、頭に浮かんだ疑問や想起に対し、一番納得度が大きかった本です。入門編としても最もわかり易いと思う。最近の個人的大ヒット本『中国化する日本』でも與那覇潤センセイが絶賛していて、我が意を得たり!

内容は、近代の問題の本質は陽明学と水戸学の系譜の交差点にある、という日本近代思想の読み直し。そしてその発祥のキーパーソンは朱舜水である、と118頁に明記されております。

現人神の創作者たち〈上〉〈下〉 (ちくま文庫)山本 七平 (著)

現人神の創作者たち〈上〉〈下〉 (ちくま文庫)山本 七平 (著)

次いで、序章1頁目にいきなり「尊皇思想の発端から成立、さらにその系譜…(中略)は朱舜水という一中国人がもたらし、徳川幕府が官学とした儒学的正統主義と日本の伝統とが習合して出来た一思想(中略)にすぎない」とあり、ぎょっとした本。目次に「亡命中国人に発見された楠木正成」とありますが、この亡命中国人ももちろん、同じ人物の朱舜水を意味します。

しかし、初心者には、この本の内容の国学や尊皇といったキーワードが難関で、読み進むのに足踏みしていた頃、文楽と出逢ったのです。それがそのまま明末清初の鄭成功を知ることになりました。

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2008年1月、文楽観劇二作目が近松門左衛門の『国性爺合戦』。それも“平戸浜伝いより唐土船の段、千里が竹虎狩りの段、楼門の段、甘輝館の段、紅流しより獅子が城の段”というバージョン。この時に息が苦しくなるぐらい感動してしまったのが、その後の歌舞伎三昧に突入する発端だったのでしょう。この作品は思想的な理由であまり上演されないらしい(その意味はやがて理解することになる)ですが、江戸の頃に大ロングランした意味を辿らないのは、もったいない。

ちなみにその後歌舞伎での上演も観ましたが、正直、いただけない結果でありました。但し、去年の2012年10月に演舞場で松緑丈が和藤内を演じた際のものは、見違える出来。梅玉丈の甘輝、芝雀丈の錦祥女など、実力派の貢献も見逃せない。歌舞伎は、役者によって、観方がガラッと変わります。

文楽の時の記録をみると、住大夫さんが出ていらした!どうりで感激したはずです。その2008年の記録。

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国性爺合戦(こくせんやがっせん) 国立文楽劇場

平戸浜伝いより唐土船の段

千里が竹虎狩りの段  

楼門の段  

甘輝館の段  

紅流しより獅子が城の段

***主な出演者***

竹本住大夫  

竹本綱大夫  

鶴澤寛治  

鶴澤清治  

吉田簑助  

吉田文雀 ほか

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文楽では、演じられた幕の台本がパンフレットの付録になっています。歌舞伎でも、国立劇場なら台本が別売りしているのだ。

本では、『国性爺合戦』が読めるのはこちら。


近松門左衛門集〈3〉

近松門左衛門集〈3〉 (新編 日本古典文学全集)

目次

出世景清  

用明天王職人鑑  

けいせい反魂香  

国性爺合戦  

曾我会稽山  

平家女護島

ちなみに、『けいせい反魂香』は、今年の一月、演舞場で播磨屋の神技で演じられた『傾城反魂香』土佐将監閑居の場、いわゆる『吃又』といわれている名作。よく上演される『俊寛』は『平家女護島』の二段目切「鬼界が島」の通称。

近松といえば、本来は人形浄瑠璃の作者。私は声フェチなので、歌舞伎でも、台詞がダメな役者さんは苦手。なので、一番好きなのが播磨屋一座。次いで音羽屋。(なので両家が婚姻関係になって、万歳!)歌舞伎役者の台詞は、義太夫の勉強が基本のきだと思います。

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そこで、今日の最後の本は、まさにかぶく本棚にふさわしいひと組。

浄瑠璃素人講釈〈上〉〈下〉 (岩波文庫) 杉山 其日庵 (著)

浄瑠璃素人講釈〈上〉〈下〉 (岩波文庫) 杉山 其日庵 (著)

何を隠そう、杉山其日庵とは杉山茂丸のこと。玄洋社つながりの人物、そして夢野久作の父。在野の浪人ながら、政界の黒幕だった男。『百魔』の作者。この一家ほどかぶいている人たちはいないと思いますが、その詳細は別の話で。

杉山茂丸の生涯の道楽は、文楽なのでした。この本は「竹本摂津大掾・三世竹本大隅太夫・名庭絃阿弥から聞いた話を元に、義太夫芸の「風」(様式)の追究を通じて浄瑠璃に古典芸術としての地位を確立させようとした書」(by Amazon)なのです。

がしかし、文楽歴5年ほどの私では、正直まだ追いつけない。あまりに専門書すぎるのです。作品の物語性への考察や、舞台批評には、ほとんど触れていません。まさに様式や語りの呼吸について書かれたもので、台本、そして語りの技法について理解していないと、ちんぷんかんぷん。

時々脱線して、旦那衆(つまりお大尽)の茂丸と、名人義太夫との微笑ましい(というより抱腹絶倒な)交流が出てくるけれど、それも一部。まだまだ、噛み砕くには時間が必要です。そのためには、人間国宝の竹本住大夫さんが出る舞台は、これから絶対に外さないことにしよう、と誓いました。例の橋下市長とのバトルで入院なさった後どうなることか、と危惧したけれど、いよいよカムバック!87歳の人間国宝の至芸、東京では国立劇場で4月に。

ともあれこの岩波の本、一度絶版状態だったのに、今確認したら復活販売(増刷?)されてました!こちらも万歳。噂では文楽関係者の必修本らしいから、細々と残って欲しいです。

by 牛丸

 

 

 

 

 

 

 

 

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