魔女の本領
成熟した日本を見せなければ…

幼少の帝国

『幼少の帝国 成熟を拒否する日本人』阿部和重


『幼少の帝国 成熟を拒否する日本人』阿部和重 を読む。

私は阿倍和重の作品をかっている。それ故、この本を購入してきたはずだが、読まないままになっていた。さて、読んでみたが、幾つかのエピソードに感心したが、本としては余り深みのある作品とはなっていない。そもそもこの本は著者の初のノンフィクションであり、途中に東日本大震災が挟まるという、とてもスリリングな状況の中で書きあげられたものである。

著者は巷間言い古されている「日本人の成熟拒否」あるいは「幼稚さ」という紋切り型のイメージを補強するのではなくイメージ・チェンジして見ようと企画されたものであると言う。その原点が実は自分の小説に常に批評家が「幼稚だ」と評されるその幼稚さの根源を探りたいと言う事のようである。確かに阿倍の小説は「ピストルズ」にしても「シンセミリア」にしても現実感の薄く、非常にお話性(というべきか)が勝った作品であり、そこが彼の持ち味なのだが、良くも悪くも「幼稚」と評価される点なのだろう。

その阿部は「幼少を拒否」する日本人の原点を多くの人が知っている写真、終戦後マッカーサーを訪ねた天皇がマッカーサーと並んで写っている写真にあるという指摘は、なかなか面白い指摘だ。この写真について、事実関係を知らなかったが、1945年9月27日、赤坂のアメリカ大使公邸での写真で、この写真が載った29日付朝刊(朝日、毎日、読売)は、日本政府によって発売禁止にされたのだそうだ。けれどもこの措置を知ったGHQは激怒し、10月4日「政治的、公民的及宗教的自由ニ対スル制限の撤廃ニ関スル覚書」という民主化司令を出し、応じなかった東久邇宮内閣は総辞職に追い込まれたのだという。これは知らなかった。この写真は、当時の日本人、知識人から一般庶民まで、かなりのショックを与えたようなのだ。それまでの天皇は「御真影」としていわば「イコン」であったものが、大男の隣の背の低い人として現出した事にたいする事実認識は強烈であった。阿部は「二度の原爆投下に加えて、あの写真(リアリズム)が、敗戦国民へのとどめの一撃として作用してしまった。わたしたちの神様はちっちゃかった」と書く。そして、それこそが戦後日本で積極的な「成熟拒否」が発動されるきっかけになったのではないかと推量しているのである。それまで天皇性のもとに拡大を続けてきた日本的精神、神国思想は古いファンタジーだったということへの反動として、この国が復興するためには、まずはこのちっちゃな存在たる天皇=自分自身を肯定することによってしか、なしえないという無意識が生じた。

この小ささ=善という規範は小型化技術の発展として、その後の日本経済のバックバーンとなる。これが「成熟拒否」の一例であり、戦後復興の精神構造だというのである。
次に取り上げられているのは、美容整形。いわゆるアンチエイジングなのだが、これにはなんら得るところは無かった。そもそも美容に関心がなく、歳をとることは、容姿が衰えることであり、それを止めようとは全然思っていないので、コマーシャルの美容整形には「ケッ」と思うだけである。医学を学んで、美容整形なんかやる医者は、僻地医療へのボランティアを義務づけたらいいんじゃないかと考えたりするくらいの私である。

さて、幼少にこだわり、成熟を拒否する事は、近年クールジャパンなどという形で文化面、マンガやアニメの「オタク」のポップカルチャーとして欧米から注目されている。これについて、阿部はティーンエイジャーの時代にハマった趣味に、いつまでも熱中し続けていられる文化消費の構造であると指摘している。「卒業」する必要がなく、可能な限り趣味に殉ずること、すなわち終わりなき消費の運動。しかし、これは消費者の側の「成熟拒否」だけに関わる問題ではなく、それを提供する資本の側の非常に深い文化認識があるようである。その例を、バンダイと映画産業との職人技的共同作業が取り上げられていて、実はこの部分がもっとも興味を惹かれた。CMD(キャラクターマーチャンダイジング)と言うのだそうであるが、仮面ライダーの変身ベルトなどの玩具の開発の裏側が、とてもスリリングに調べられていて、ナルホド、子供も大人もやられるわけだと思った。

途中挟まった、大震災と福島原発事故からエネルギー問題が取り上げられているが、1年半前の状況は原発依存から脱却をめざそうという意思が、明確ではないが確実にあった。それが現在、福島事故は後方に追いやられ、政府のエネルギー基本計画は再び原発依存へと復帰してしまったことに、日本人の無節操さを見る思いがする。大人である西欧では、原発のリスク対応に力を傾注している、しかし「成熟を拒否」した日本は、だだっ子のわがままそのままに、世界の批判を汲みとることもなく、原発に突き進んでいる。クールジャパンで、日本食が世界遺産で、おもてなし。成熟した日本を見せなければならない局面に来ているのではないかという危機感にさいなまれた。

魔女:加藤恵子