学魔の本函
『神話、寓意、徴候』を読む!

神話寓意徴候

『神話、寓意、徴候』


ギンズブルグの思考の遍歴と厳しい学問姿勢がすがすがしいとともに、時代におもねらない学問について心してかからねばならないことをいみじくも現代だからこそ考えさせられる。

実は読むのが3度目なのである。一度目は出た時、その後、ほんばこやのために読み出したのだが、途中で放棄してしまい、今度は何と云っても、学魔高山師が読まない奴は死ねとばかりに強調するので、死ぬわけにはいかないので、命乞いのために読んだ。

街宣左翼として多忙を極めていて、一日30分も時間がない中で切れ切れに読むという情けない状態の中で、読んだ。

時代の状況の中では「ゲルマン神話学とナチズム」が切迫感を持って読んだが、本書はギンズブルグが自ら編集した歴史論文集で、それも処女論文から始まっている。そして、時系列的に、彼の研究の関心や方法論、資料の扱い方、政治的状況下の歴史論文の意味する問題へと、書き連ねられている。

序文によれば、彼の目指したものは次のようなものであった。

細部へのこだわり。

「文学作品に適用された解釈学と、特に本質を明かす役割をはたす細部へのこだわりは、主としてまったく別の分野の資料に用いられたのだが、後の私の仕事を根底から方向づけることになった」。

魔女裁判とは何であったか。

「私を魔女裁判かの研究に駆り立てた動機の中には、非合理で超歴史的な(と考えるものもいるような)現象も、つまり歴史的には取るに足らない現象も、合理的で(合理主義的ではない)歴史的な視点から分析可能なことを示したいという欲望があった」。

ウォーバーグ研究所から得られた方法論について。

「60年代の初めに、私はカンティモーリのおかげで、ウォーバーグ研究所を発見することになった。この研究所に結びついた知的伝統との決算を試みる中で、私は図像資料を歴史資料として用いる方法だけでなく、自らが生まれた文脈を離れて図像や定式が受け継がれてゆく事実にも考察を強いられた」。

サバトの研究から形態学的方法論を獲得した。

「私は何年も行なっているサバトの研究で、歴史的というよりも、形態学的方法を用いていることに不意に気づいた。私は異なった文化的環境で生まれた神話や信仰を、形態的類似を基にして集めた。表面的な同一性の背後に、私は深層での相応関係を認めたのだった」。

プロップと自らの関連性。

「私のモデルは、具体的かつ理論的な理由から、プロップであった。とりわけ『民話の形態学』と『魔法昔話の起源』の間にある、」非常に明確で、しかも科学的研究にとって実り多い区別が重要であった。

その他にも指摘される点はあるが、大きく見た場合の彼の研究の筋道を把握することはこれによって可能だと言える。

「悪魔崇拝と民衆の信仰心」は、処女論文であるのは前述した。訳者あとがきによると、ギンズブルグは学生時代ブロックの『奇跡を起こす王』を読んで心性史(懐かしいタームだが、70年代のヨーロッパ史の歴史記述を一変させたものだ)の研究を決意し、悪魔崇拝を主題に研究のためにイギリスに渡ったが、思うように史料が収集できず、師(デリオ・カンティモーリ)の指摘でモーデナの異端審問記録に研究テーマを絞ったことで書かれた論文だそうである。悪魔崇拝についての研究は当時は異端審問官の魔女迫害史や階級闘争的視点からの歴史であったものを、ギンズブルクブルグは異なった文化の衝突の歴史として見る視点を提示した。つまり悪魔崇拝はキリスト教信仰が民衆を抑えつけていた中に、信仰とは別の心性が深く根ざして存在したということを異端審問資料から逆に光を当てたというわけである。この視点から、後の『ベナンダンティ』が書かれることになるのは一続きである。これはたしかほんばこやに書いたはず。

ついで重要なのが「ヴァールブルクからゴンブリッチへ」で、ギンズブルグがヴァールブルク研究所の知的伝統をいかに自らのものとしようとして研究に努めたか、それ以上にこの研究所の内実が一筋縄ではいかないほどに、ヴァールブルク学派内部の方法論の違いをこの論文で分析している。ザクルスやパノフスキーよりも彼は後の世代のゴンブリッチの視点に注目した。ヴァールブルク学派としての図像を歴史資料とする点に置いては既成の事実であった。即ち、ヴァールブルクが彼の研究の中で提起していた新たな目的について検討してみよう。それは「図像と文書を資料にしてある歴史的状況を」理解することであるという認識に異論はない。広義の意味での芸術作品が、遠い時代の心性や感情生活についてさえも、介在物なしに(この点が眼目である)解釈できる、第一次的情報を大量にもたらすという信頼感である。しかしながら、歴史的状況と芸術的事象との間に、即座に直接的な関係を見出す姿勢は危険である。ゴンブリッチは芸術作品は芸術家の人格を表す「徴候」や「表現」ではなく、ある特定の情報を伝える媒介物なのだという主張をした。これだけではよく分からないのであるが、ギンズブルグは乞う結論している。

「ここで結論に移ろう。ゴンブリッチがその非凡な研究によってヴァールブルク的伝統に刻みこんだ方針は、一面では前身であった(心理学的手段を用いた絵画的様式の問題の掘り下げ)、一面では後退であった(さまざまな歴史的現実と芸術表象の相互交換的関係への関心の減退)」。これでもよく分からないが、後の論文「フロイト、狼男、狼憑き」にフロイト、ユングの心理学による歴史の読みの有効性とともに誤解についての考察がなかれている。

「高きものと低きものーー16世紀、17世紀の禁じられた知について」は聖パウロの言葉「高ぶった思いをいだかないで、むしろ恐れなさい」の誤解から「高きものを知ろうとするな」へと変形していく過程で、寓意の書物が生み出され、その図像が描かれてゆく。そして高きものとしての知に接近する手段が押さえられ、高きものが政治、宗教、天文等が知ることを禁じられた領域になって行く。高きものを知ることは危険であるというと言う概念の変化は寓意の書物の中でも17世紀には「新奇」さの価値(例えばコロンブスのアメリカ到達)によって、変化せしめられ、「あえて知を求める」概念へと変わって行く、その社会変化を図像から読みとった論文である。

「ティツィアーノ、オウィディウス、そして16世紀のエロティック絵画の規範」は、ギンズブルグの本旨は違うのかもしれないが、変なところが面白かった。それはエロティック図像は大衆のものではなくて、エリート層のものであり、その主題は神話的規範にあり、古代の神話が題材になっている。ここまではそうなんだなーと思うが、別の方に興味が移ってしまった。それは庶民が教会に告解した者や贖罪者のための教本があるんだそうで、それを整理分類したら、あらまー、1540年ぐらいまで、最も大きく取り上げられていた罪はなんと、吝嗇だったのだそうだ。淫蕩は次に来る罪だった。宗教改革によってこの淫蕩の罪が厳しくなったようなのだが、それをさらに分類して見たら、「16世紀の中期までは、触覚と聴覚の罪が圧倒的に多かったことがわかる。触覚の罪に派ほとんど言及がない。「姦淫するなかれ」という戒めを逸脱させる社会的な契機とは、特に歌と踊りだった。・・・しかし不道徳な図像への警戒は見られない。それは単にその種の図像が、上層階級を除けば、ほとんど流布していなかったからに違いない。16世紀も時をへてから、視覚が初めて特権的な性的感覚として、触覚の後に、徐々に姿を表して来たのである。感覚の歴史はまだ書かれていないが、その中で派、印刷術の普及と図像の大量流布という歴史条件が出現して初めて、聴覚よりも視覚が性感として重視されるようになったという事実が、大きな部分を占めることだろう」。なんだそうです。おさわりが先で、出歯カメがあとだそうです。そうだとすると日本のパンツ盗み大臣はどこの位置に居るんだろうか?

「徴候」はギンズブルグの方法論の最大の特徴である細部、周縁的なものを手がかりにして、大きな歴史的現象を明らかにするというスリリングな彼の著書の骨格への手がかりを分析して見せてくれている。絵画の特色は現実を写していない部分にこそ求められる。たとえばもつれた髪とか襞の多い布にこそあらわれていて、画家の力量が見て取れるのだそうです。この論文「徴候」の巻頭にはヴァールブルクの言葉が掲げられている、「神は細部に宿れり」。

「ゲルマン神話学としてのナチズムージョルジュ・デュメジルのかつての本について」は日本の今だからこそ、学問研究とはどうあるべきなのかと自己に問いかけて見ざるを得ない論文であった。著名な比較神話学者ジョルジュ・デュメジルの『ゲルマン人の神話と神々』がナチズムの北方神話と結合し、イデオロギー化した問題を検証している。ギンズブルグは単にデュメジルを個人攻撃したのではなく、神話のような長期に持続する事象が、強引な権力に利用されるにはそれだけの問題があることを指摘したのである。

それは前提を誤って設定することによる、引き返せない点での悪用を、歴史学者、神話学者に強い警告を発しているのである。政治イデオロギーに規定された神話研究の危険性である。インド=ヨーロッパに起源をもつ豊饒儀礼の中の「男性結社」の存在を見出して、それが第三帝国の親衛隊組織(ss)の歴史的、存在理由に引きずられていったという。

デュメジルの別の本『ゲルマン人の信仰秘密結社』については更に強く問題が指摘されている。この本についてはかのブロックさえもが賞賛しているのだそうだ。「その学識は驚くばかりだ。心理学的明敏さ、生の感覚もそれにひけを撮らない。ヨーロッパが長期間養分を得てきた重層的な民衆信仰の下層に、かくも深く入り込んだ例は希であり見事に分析した例も希である」と。

ブロックが『ゲルマン人の信仰秘密結社』のような本がもつ、明らかなイデオロギー的意味を読み取らなかったことが大問題であると言う指摘だ。ギンズブルグはこの問題について次のように整理している。

「神話研究は現代社会を理解する助けとなりますから、神話に現代社会の根を探ることは不都合には思えません。問題はそうして研究で得られた結論の利用法です。ナチは自己体制強化のために神話を意識的に利用しました。こうした利用法は間違っています。ですからこの種の誤りを避けるために、神話の形態論的研究だけでなく、神話を生み出した歴史条件と神話の構造との関係の研究が重要になります」。こうして、ギンズブルグは最初に記したように、プロップに自己の研究のモデルを置くことになると言うわけである。

ギンズブルグはフロイト、ユングの対立の構図の分析にも触れられていて、これも興味深い。

というわけで、学魔高山師の「よめよめ」本を読んだのであるが、本当に読めたのかは自信がないが、ギンズブルグを読む手がかりをもつためのキー本である。

追記:

先日神田の古本屋を見て回っていたら、ギンズブルグの『ピノッキオの眼』が、童話の本の中にあった。ごめんね、ギンズブルグ。

魔女:加藤恵子