血脈の本函
一つの聖なる本として…

フランス組曲

『フランス組曲』イレーヌ・ネミロフスキー


『フランス組曲』なんぞというなんだかこそばゆい題名からは想像もできない奇跡の書物である。なぜなら、この書物が執筆されたのは1940年41年であり、60年を経て出版され、「20世紀フランス文学の最も優れた作品の一つ」と称賛されたのである。この間に何があったかは、作者の運命、家族の運命が大きく関わっている。

作者ネミロフスキーは1903年ウクライナの首都キエフの裕福な銀行家の家に生まれたが、両親との関係は良くなかった。イレーネは読書に没頭し、早くから作品を書き始めていた。ロシア革命を逃れてフランスに亡命しソルボンヌで文学を修め、1924年には結婚し、2人の娘を持つ一方、作家として頭角を現し、ベストセラー作家となり、映画化されてもいる。しかし、第二次世界大戦でフランスはドイツに侵攻され、1940年パリ陥落とともに、イレーネはユダヤ人であることにより出版活動が禁止された。1942年7月13日フランス憲兵によって連行されたイレーネは行方不明となり、懸命の捜索をした夫も2カ月後連行され、両名ともにアウシュビッツで死亡した。二人の娘の内の長女ドニーズ(15歳)に父親は連行される際に、トランクを託し「決して手放してはいけないよ、この中にはお母さんのノートが入っているのだから」と。ドニーズと妹エリザベートは変名で逃げ回り、子供にはいささか重かったトランクをついに運び続けたのである。終戦後もドニーズはトランクを手元から離さず持ち続けたが、その重要性には思い至らなかったが、2004年、それがネミロフスキーの長編小説であることが判明し出版され大きな反響を呼び起こした。

『フランス組曲』は1940年パリ陥落のときにそのパリから脱出する何組かの主たる人々、その周辺に現れる庶民の姿を実に冷静な目で眺め、端正な言葉で描ききっている。パリからのエクソダスによって現れてくる人間のエゴイズム、ブルジョア一家の欺瞞(足手まといになった車いすの姑を捨ててくる)、偏屈な作家は愛人に逃げられる、親切を装い他人の車からガソリンを盗み逃れる男、善や悪が絶対のものではなくなった混乱を冷静に書き、そんな中でも何の援助もなく放り出されながら尊厳を失わない夫婦もいる。この嵐のような2週間後逃れる場所もなくパリに舞い戻った男の一人はドイツ軍の爆撃には助かりながら交通事故で死んでしまう。この不条理。緊迫する6月を描いた「六月の嵐」とドイツの占領下の農村でのドイツ人将校と家を提供させられたブルジョワのフランス人家族、そのドイツに捕虜になっている妻と家に住む事になる将校との愛とも言える感情の揺れをきめ細かく書いた二部「ドルチェ」から成ってる。一部、二部は登場する人物が重なり、関連性は見事な引き渡しになっている。この作品は書き継がれる予定があったようで、そのノートも付属されているが、上記のような理由で、未完となった。

作品の見事さを読むにつけ、戦争の愚かさを思い知らされる。人間がエゴの塊になり、徳は弊履のごとく破れ去る。しかしながら、闘う兵士たちは、むしろ思いやりを見せて、人間としての感情を持ち続けている。二部の「ドルチェ」の最後は夏至の祭りの最中にドイツの兵隊はソ連との開戦でソ連へと出立して行く。作者は知らなかったが、あの穏やかな文化人でもあったドイツ人将校と兵士は多分ソ連で全滅したであろう。戦争は愚かだ。闘うのはみななんの利権もない庶民だ。今、我々は奇跡のように現れた本書を、一つの聖なる本として読んでほしい。

魔女:加藤恵子