情熱の本箱
『悪童日記』の秘密を垣間見ることができる、アゴタ・クリストフの自伝:情熱の本箱(320)

情熱的読書人間・榎戸 誠

世を震駭させた『悪童日記』、『ふたりの証拠』、『第三の嘘』(いずれも堀茂樹訳、ハヤカワepi文庫)三部作で知られるアゴタ・クリストフの自伝『文盲――アゴタ・クリストフ自伝』(アゴタ・クリストフ著、堀茂樹訳、白水社)は、薄い本であるが、その内容は驚くほど濃密である。

クリストフは、ハンガリーの僻村で育ち、貧しい暮らしであったが、4歳当時から、印刷されているものは何でも読む少女であった。

そして、同時に、自分の頭の中で作り出した「お話」を人に語って聞かせるのが好きな少女だった。

1歳年上の兄・ヤノは、気の合う悪戯仲間だった。「わたしたちは笑う。わたしは知っている。ヤノはわざと(母から)罰を受けるようにしたのだ。わたしへの連帯心から。また、わたしといっしょでないと退屈するから」。『悪童日記』が、ヤノ、アゴタ兄妹をモデルにしていることは間違いないだろう。

クリストフは、14歳の時、両親、兄、弟と別れて、寄宿舎生活を送ることになる。「孤児院と少年院を足して二で割ったような私設。わたしたちは14歳から18歳までの女子生徒およそ2百人。国家により無償で寄宿を許され、食事を与えられている」。しかし、「食べ物はあまりにも不味くて量も不十分なので、わたしたちは四六時中おなかを空かせている。冬には、寒くてたまらない。教室の中でもコートを脱がず、15分おきに立ち上がって、体を温めるための体操をする。寄宿舎の大寝室も同じように寒い。わたしたちは寝るときも靴下を履いたままだし、自習室へと階段を上るときには、ベッドの毛布を持参しないではいられない」。

「沈黙を強いられる自習室での数時間、わたしは一種の日記を書くことにする。書いたものを誰にも読まれないよう、秘密の表記法まで考案する。そしてその日記に、自分の不幸を、悲しみを、淋しさを、夜ベッドで静かに涙を流す理由のすべてを書きつける。わたしは兄弟を、両親を、今では見知らぬ人が住んでいるわたしたち家族の家を喪ったことを嘆き悲しむ。わたしはとりわけ、かつての自分の自由を喪ったことを嘆き悲しむ」。孤独なクリストフには、ただ一つの手段、書くという手段しか残されていなかったのである。

クリストフのスターリン批判は辛辣だ。「いったいスターリンは、どれほどの数の人を犠牲にしたか?・・・あの独裁政治が東欧の国々の哲学・芸術・文学に対してどれほど忌まわしい役割を演じたか。東欧の国々に自らのイデオロギーを押しつけることで、ソビエト連邦は東欧の国々の経済発展を妨げただけではない。それらの国々の文化とナショナル・アイデンティティーを窒息させようとしたのだ」。

クリストフは、結婚して2年目の21歳の時、夫、生後4カ月の娘と共に、苦難の国境越えを敢行し、難民としてスイスに移り住む。「あの日、1956年の11月末のあの日、わたしはひとつの国民への帰属を永久に喪ったのである」。

「数週間後、わたしは、フォンテーヌムロンの時計工場で働き始める。・・・工場では、誰もがわたしたちに優しく接してくれる。微笑みかけてくれる。話しかけてくれる。けれども、わたしたちは、相手の言っていることを理解することがまったくできない。かくして、砂漠の日々が始まる。社会的砂漠、文化的砂漠。革命と逃走の日々の高揚のあとに、沈黙が、空虚さが取って代わる。・・・ノスタルジーが、ホームシックが、家族や友人と会えない淋しさが、取って代わる」。

「わたしはフランス語を30年以上前から話している。20年前から書いている。けれども、未だにこの言語に習熟してはいない。話せば語法を間違えるし、書くためにはどうしても辞書をたびたび参照しなければならない。そんな理由から、わたしはフランス語をもまた、(ハンガリーを占領した者たちのドイツ語、ロシア語同様)敵語と呼ぶ。別の理由もある。こちらの理由のほうが深刻だ。すなわち、この言語が、わたしのなかの母語(ハンガリー語)をじわじわと殺しつつあるという事実である」。

「わたしは、自分が永久に、フランス語を母語とする作家が書くようにはフランス語を書くようにならないことを承知している。けれども、わたしは自分にできる最高をめざして書いていくつもりだ。この言語を、わたしは自分で選んだのではない。たまたま、運命により、成り行きにより、この言語がわたしに課せられたのだ。フランス語で書くことを、わたしは引き受けざるを得ない。これは挑戦だと思う。そう、ひとりの文盲者の挑戦なのだ」。

スイスに住み着いたクリストフは、1983年、戯曲を書くことを引き受ける。「この仕事は楽しくて、わたしは稽古に欠かさず立ち会う。その演劇スクールの授業はたいてい、多種多様な身体エクササイズから始まる。それらのエクササイズはわたしに、子供の頃、兄と自分が、またはある女友達と自分がやっていたエクササイズのたぐいを想い出させる。沈黙の練習、不動の術の練習、断食の練習・・・。わたしは子供時代の想い出にもとづく短いテクストを書き始める。一本、また一本と。それらの短いテクストがある日まとまって一冊の本になるとは、当時わたしはまだ思い描いてすらいなかった」。この一冊が、他ならぬ『悪童日記』なのである。

本書は、クリストフ・ファンにとっては、見逃すことのできない一冊である。

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