情熱の本箱
アフリカ人やアメリカ大陸の先住民がヨーロッパ人に征服されてしまったのはなぜか:情熱の本箱(300)

情熱的読書人間・榎戸 誠

銃・病原菌・鉄――一万三〇〇〇年にわたる人類史の謎』(ジャレド・ダイアモンド著、倉骨彰訳、草思社文庫、上・下巻)が、20世紀を代表する画期的かつスケールの大きな著作であることは、何人といえども認めざるを得ないだろう。

「現代世界においては、ユーラシア大陸系の民族、とりわけヨーロッパや東アジアにいまでも暮らしている民族と、ユーラシア大陸から北アメリカ大陸への移民を祖先とする民族とが、世界の富と権力を支配している。アフリカ大陸の多くの民族をはじめとする人びとは、ヨーロッパ人の植民地支配を払拭したものの、世界の富や権力を手にするにはほど遠いところにいる。オーストラリア大陸の先住民アボリジニ、南北アメリカ大陸の先住民、そしてアフリカ大陸最南端の人びとは、白人の入植者によって自分たちの祖先の土地を奪われている。彼らの祖先の多くは、白人の入植者によって殺戮され、征服され、あるいは絶滅させられているのだ。したがって、現代世界における各社会間の不均衡についての疑問は、つぎのようにいいかえられる。世界の富や権力は、なぜ現在あるような形で分配されてしまったのか? なぜほかの形で分配されなかったのか? たとえば、南北アメリカ大陸の先住民、アフリカ大陸の人びと、そしてオーストラリア大陸のアボリジニが、ヨーロッパ系やアジア系の人びとを殺戮したり、征服したり、絶滅させるようなことが、なぜ起こらなかったのだろうか」。

この疑問に対する解答として著されたのが本書であり、ジャレド・ダイアモンドは、この富や権力の不均衡は、南北に長いアフリカ大陸や南北アメリカ大陸よりも、東西に長いユーラシア大陸のほうが文明が伝播し易いという、単なる地理的な要因によるものだという仮説を提示している。すなわち、ヨーロッパ人が人種的に優秀だったからだという偏見に異議を唱えたのである。

本書の印象的なタイトルについて、著者はこう述べている。「(スペイン人の)ピサロが(インカ帝国)皇帝アタワルパを捕虜にできた要因こそ、まさにヨーロッパ人が新世界を植民地化できた直接の要因である。アメリカ先住民がヨーロッパを植民地化したのではなく、ヨーロッパ人が新世界を植民地化したことの直接の要因がまさにそこにあったのである。ピサロを成功に導いた直接の要因は、銃器・鉄製の武器、そして騎馬などにもとづく軍事技術、ユーラシアの風土病・伝染病に対する免疫、ヨーロッパの航海技術、ヨーロッパ国家の集権的な政治機構、そして文字を持っていたことである。本書のタイトルの『銃・病原菌・鉄』は、ヨーロッパ人が他の大陸を征服できた直接の要因を凝縮して表現したものである」。

ヨーロッパ人とアフリカ人の関係は、著者の仮説を検証する好例と言えるだろう。「アフリカとヨーロッパの衝突の結果が、ヨーロッパ人のアフリカへの入植になったことの直接の要因ははっきりしている。ヨーロッパ人は、アメリカ先住民に遭遇したと同様、アフリカ人に対して3つの点で優位に立っていた――彼らは、銃をはじめとする技術を発展させていた。字を読み書きする能力も広く普及していた。探検や征服に要する莫大な資金を提供しつづけることのできる政治機構がすでにできあがっていた」。

「ヨーロッパ人はなぜ、サハラ以南の人びとよりも先に、前記の3つの点で優位に立つことができたのだろうか。それは、食料の生産がそれらの3つの要因の発達を可能にしたからである。そして、アフリカには栽培化や家畜化可能な野生祖先種があまり生息していなかった。食料の生産に適した土地があまりなかった。さらに、南北に長い陸塊であったため、食料生産や発明が拡散しにくかった。こうしたことが原因となって、サハラ以南では、ユーラシアより食料が生産されるようになるのが遅かった」。

「実際のところ、こうしたちがいはどのようにして生まれたのだろうか。・・・家畜は、サハラ以南に伝わる数千年も前に、ヨーロッパ社会で飼育されはじめていた。これを驚くべき事実と受け取ってしまうのは、われわれがアフリカ大陸を大型野生動物の宝庫と思っているからである。しかし、野生動物は従順でなければ家畜化できない。人間の言うことをきき、餌代に費用がかかりすぎず、病気に強く、成長に時間がかからず、捕獲された状態でも繁殖しやすくなければ家畜化できない。こうした特性をすべて備えている野性動物は世界に数多く存在しないが、ユーラシア原産の牛、羊、山羊、馬、豚はそのような動物であった。それに反して、アフリカ原産の水牛、シマウマ、カワイノシシ、サイ、カバといった大型動物は、現在に至るまでどれ一つとして家畜化されていない」。

「植物の栽培化についていえば、サハラ以南とユーラシアでは、栽培化可能な野生種の多様性に差があった。この差は、家畜化可能な動物の場合ほど極端ではないにしろ、やはり差異といえるものであった。サヘル地域(サハラ砂漠の南縁)、エチオピア、西アフリカでは、独自の農作物が生産されていたが、ユーラシアにくらべて種類はずっと少なかった。栽培化に適した野生種が乏しかったことから、アフリカで最古の農業にしても、はじまったのは肥沃三日月地帯より数千年も遅い」。

「更新世末期以降、アフリカの発展のスピードはユーラシアよりも遅かった。こんちがいを論じるうえで最後に残された要因は、ユーラシア大陸が東西に長い陸塊であるのに対し、アフリカ大陸が南北に長い陸塊であるという点である。ユーラシア大陸は陸塊の中心線が東西に長く、横長である。そしてアフリカ大陸は、南北アメリカ大陸と同様、陸塊の中心線が南北に長く、縦長である。アフリカ大陸を南北に移動すると、横切る地域ごとに気候、生態系、降雨量、日照時間、作物や家畜の病気が非常に異なる。つまりアフリカ大陸では、ある地域で栽培化された農作物や、家畜化された動物といえども、他の地域に拡散することは非常にむずかしかった。これに対してユーラシア大陸では、数千マイル離れていても、同じ緯度に位置して気候も似ており、日照時間も同じであった地域のあいだでは、農作物や家畜がやすやすと伝播できた」。

「アフリカ大陸は南北に長い陸塊である。そのため、農作物や家畜が迅速に拡散できなかったり、拡散が途中で止まってしまったりした。このことは、アフリカの歴史に重大な影響をおよぼしている。・・・アフリカ大陸が南北に長い陸塊であったことによって、家畜の拡散もさまたげられてしまった。・・・発明や技術革新もまた、アフリカ大陸が南北に長い陸塊であったことによって、伝播に時間を要した」。

「結論を述べると、ヨーロッパ人がアフリカ大陸を植民地化できたのは、白人の人種主義者が考えるように、ヨーロッパ人とアフリカ人に人種的な差があったからではない。それは地理的偶然と生態的偶然のたまものにすぎない――しいていえば、それは、ユーラシア大陸とアフリカ大陸の広さのちがい、東西に長いか南北に長いかのちがい、そして栽培化や家畜化可能な野生祖先種の分布状況のちがいによるものである。つまり、究極的には、ヨーロッパ人とアフリカ人は、異なる大陸で暮らしていたので、異なる歴史をたどったということなのである」。

本書によってジャレド・ダイアモンドに興味を抱いた向きには、『若い読者のための 第三のチンパンジー』(ジャレド・ダイアモンド著、レベッカ・ステフォフ編著、秋山勝訳、草思社文庫)を薦めたい。

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