情熱の本箱
人類の進化に関する知識を最新版に更新するのに最適な一冊:情熱の本箱(259)

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情熱的読書人間・榎戸 誠

NHKスペシャル 人類誕生』(NHKスペシャル「人類誕生」制作班編著、馬場悠男監修、学研プラス)は、人類の進化に関する知識を最新版に更新するのに最適な一冊である。内容が充実しているだけでなく、超高精密な4K画像の人類たちが臨場感豊かに迫ってくる。そして、嬉しいことに、私の好奇心を一挙に満足させてくれたのである。

「(人類進化700万年の歴史は)『優れた者が生き残る』という進化の物語とは少し違います。人類は、その長い歴史の中で、わかっているだけで20種類も誕生し、絶滅を繰り返してきました。その中で、辛くも絶滅の危機を乗り越えた(私たちの)祖先たちが命をつないできたのです。そこには、約束された勝者も、必然の敗者もいませんでした。時には強者が絶滅し、弱者が生き残ることもありました。実は、運命を分けたのは偶然のめぐり合わせによるところが大きかった。私たちが今ここに生きているのは、まさに奇跡だったのです」。

「人類揺籃の地といわれるアフリカ。最初に直立二足歩行を始めたのは、この地に生息していた類人猿の仲間だった。大きな気候変動がもたらす環境の激変に適応しながら、私たちの祖先はアフリカで徐々に進化を遂げていった」。

好奇心、その1

人類が直立二足歩行を始めたのは、森でのことか、それとも、サバンナに出てからのことか。「人類は森を出て、生活の場をサバンナに移してから立ち上がったのではなく、森に暮らしていたときから、すでに直立二足歩行を始めていたのだ」。このことは近年の研究で明らかにされている。

好奇心、その2

人類が直立二足歩行を始めたのはなぜか。「(オーウェン・)ラブジョイ教授は(アルディピテクス・)ラミダスの化石の分析結果や、現生霊長類の繁殖行動を参考にしたうえで、『オスが直立二足歩行で自由になった手で食物を運び、特定のメスに供給した』と推測している。・・・では、なぜ貴重な食物を発見したオスが、すぐに自分で食べてしまうのではなく、それをメスのところへ運ぶのだろうか。実は、こうした行動はヒト以外の霊長類の中では見られないものだ。オスがメスに食物を分け与えるのは、その見返りとして性的に受け入れてもらうためと考えられる」。これまで、いろいろな仮説が立てられてきたが、近年、特に有力な仮説と考えられているのが、この「食物供給仮説」なのだ。

「アフリカの乾燥化が進むにしたがって、アウストラロピテクス・アファレンシスの身体や生活にも大きな変化が訪れる。草原で生き抜くために、彼らは集団を作るという方法を獲得したのである」。

「乾燥が進む草原で生活しながら、頑丈型猿人とは違う戦略で、生き残りを図ったホモ・ハビリス。石器を作り、栄養豊富な食物を得るという方法で、彼らは厳しい生存競争に勝利した」。

「石器があれば動物の皮を簡単に切り開くことができ、あとは大きな肉の塊や内臓を取り出して、ほかの動物に横取りされる前に急いで逃げればいい。ほかにも、骨を割って、肉食動物には食べられない大きな骨の内部にある骨髄を取り出すこと、あるいはイモなどの地下茎を掘り出すことにも利用したと考えられる。石器作りや石器の利用で手先を使い、動物の解体や食物確保の方法を考えて頭を使うことで、ハビリスの脳は徐々に大きくなっていった。脳が大きくなるに従って、考えることやできることが複雑になり、それによってさらに脳が大きくなる、という相乗効果も働いたことだろう。また、肉や骨髄、イモのデンプン質など、十分な栄養が確保できれば、大きさを増したハビリスの脳を維持することにも役に立ったはずだ」。

好奇心、その3

ホモ・エレクトスの脳が大きくなったのはなぜか。「エレクトスはハビリスから石器の使用を受け継いだが、その使い方は、死肉を漁ることから積極的な狩りでの利用に変わり、食事も肉食の傾向が強くなっていった。肉食の割合が増えたことで、栄養面が充実しただけでなく、狩りを成功させるために、狩りの方法や仲間との連携などを考えたりして頭を使うことが増え、それらの影響によって脳が大きくなっていったと考えられる」。

「アフリカを出ていったホモ・エレクトスがいる一方で、アフリカに残ったエレクトスは、やがて頑強な身体と頭脳を発達させた旧人ホモ・ハイデルベルゲンシスに進化する」。

「スペインのアタプエルカにあるハイデルベルゲンシスの遺跡では埋葬の痕跡が確認されており、死や時間の概念という抽象的な思考が芽生えていたこともうかがえる。また、頭骨の構造から、言葉を話せた可能性も指摘されている」。

「およそ20万年前、アフリカで新たな人類種が登場した。現生人類である私たちホモ・サピエンスだ。それまでの原人や旧人には備わっていなかった能力を頼りに、やがて地峡上で唯一の人類となっていく」。

実に驚くべきことが書かれている。「約19万5000~12万3000年前に『海洋酸素同位体ステージ6(MIS6)』と呼ばれる厳しい氷期が訪れた。この時期の気候は寒冷で乾燥したものだったが、温暖な東南アジアにはあまり影響がなかったため、そこで暮らしていたジャワ原人などはダメージを受けなかったようだ。また、ヨーロッパに進出していたエアンデルタール人は、いち早く寒冷地に適応していたため、氷期を乗り切ることができた。しかし、アフリカにいたサピエンスは窮地に立たされる。氷期の時期、赤道付近は乾燥化が進み、アフリカの草原はほとんどが砂漠へ変わってしまったのだ。植物が枯れ、動物たちも激減したことで、サピエンスは深刻な食糧難に見舞われた。人口も急激に減少し、ついに全人口が1万人を切るまでになってしまった」。誕生したばかりのホモ・サピエンスが、いきなり絶滅の危機に見舞われていたとは! 本書で初めて知ったことだが、強い衝撃を受けたのは私だけだろうか。

好奇心、その4

この絶滅の危機を、サピエンスはいかにして乗り越えたのか。食物を求めて移動を余儀なくされたサピエンスの一部は、慣れない土地で、見たこともない食物(貝などの海産物や、それぞれの土地で手に入る食物)を口にする。このサピエンスの好奇心が彼らの生き残りに繋がったのである。「私たち現代人は、そんな好奇心あふれるヒトの子孫なのである」。

「複雑な石器や道具の発明、他者とのコミュニケーション能力、そして想像力と芸術性。ホモ・サピエンスだけが獲得できたこれらの文化的能力」。石器作りの新たな技法が脳の発達を促したのである。

好奇心、その5

ホモ・サピエンスに劣らないほど、知的で文化的な生活を送っていたネアンデルタール人が、絶滅してしまったのはなぜか。「近年では、ネアンデルタール人の絶滅には、ヨーロッパを襲った地球規模の気候変動による環境の変化が大きく影響したという説が主流になっている。当時は最終氷期にあたり、地球規模の寒冷化が進んでいたが、その中で『ハインリッヒ・イベント』と呼ばれる現象が起こった。これは北アメリカ大陸を覆っていたローレンタイド氷床が海へ流出する現象で、過去にも数回発生している。巨大な氷の塊が海へ崩落した影響で海流が変わり、ヨーロッパの気温は急激に乱高下を始めたのだ。寒冷な気候に適応していたネアンデルタール人だったが、極端な寒さと暑さが10年単位で入れ替わる急激な変化には対応できなかった。乱高下する気温の影響で森は消え、動物も激減。狩りの獲物が減り、ネアンデルタール人の暮らしは深刻な食物不足に陥っていったと考えられる」。

好奇心、その6

ネアンデルタール人と同じ時代を生きていたサピエンスが、気候変化を乗り切ることができたのはなぜか。「ネアンデルタール人とサピエンスの運命を分けるカギとなったのは、集団の規模と交流だった。サピエンスは数百人規模の集団を作り、助け合い、協力し合って生活していた。また、集団の暮らしは、石器などの技術の伝達や道具の革新にもつながったと考えられる。サピエンスがこうした大きな集団を作れた理由に、宗教の存在が挙げられる。彼らの洞窟壁画などにも見られるように、この頃にはサピエンスの中で共通の価値観としての原始的な宗教が生まれていた。それが人々を結びつけ、巨大な社会を生み出す原動力になったと考えられているのだ。宗教は何百kmも離れたサピエンスたちを結びつけ、やがて数千人規模の社会が誕生する。ある集団が食物不足で困っていれば、遠く離れた別の集団が援助する。そうやって、宗教で結ばれた仲間同士で助け合うことで、サピエンスは危機を乗り切ることができたのである」。

一方、「ネアンデルタール人の集団は、多くても20人程度だったと考えられている。ネアンデルタール人の集団は、家族単位の小さなものだったのである。サピエンスの場合とは逆に、集団の規模が小さいネアンデルタール人の間では、道具や技術の改良はあまり広まらず、また食物が不足しても、仲間の助けを受けることができずに孤立していたと考えられる。少人数で暮らしていたネアンデルタール人は、わずかに残った森で、数少ない獲物に頼るしかなかったのだ」。また、ネアンデルタール人の獲物に近づいて戦う肉弾戦的な狩りの方法で命を落とす者が多かったこと、がっしりとした体つきで、筋肉量の多いネアンデルタール人は、華奢なサピエンスに比べて身体の消費エネルギーが多いため、より多くのエネルギーを接種する必要があったこと――も、その運命に影響を与えたと推測されている。

「ネアンデルタール人は高緯度のヨーロッパに適応し、20万年以上もの間、たくましく生きてきたが、サピエンスとの生存競争に敗れ、やがて姿を消した。しかし、種としては絶滅したものの、サピエンスと交雑することにより、遺伝子という形でその存在の証を残していった。ネアンデルタール人は、今も私たちの中で生き続けているといえるだろう」。

700万年の人類の歴史を、たった数時間で辿れるとは、本書は魔法の本の域に達している。

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