情熱の本箱
曲者に夫の鼻を根元から切り落とさせ、それを眺めるのを楽しみながら傅(かしず)く妻:情熱の本箱(306)

情熱的読書人間・榎戸 誠

筒井康隆から、『不良老人の文学論』(筒井康隆著、新潮社)で、「谷崎作品の中でぼくのお気に入りは『卍』と『武州公秘話』。グロテスクさのあまり腹をかかえて笑ってしまうという体験はこの『武州公秘話』しかない。いい作品は映画にはなり得ず、小説でしかその醍醐味を味わえない」と唆されて、取り急ぎ、『武州公秘話』(谷崎潤一郎著、中公文庫)を手にした次第である。

筒井には申し訳ないが、私の場合は、グロテスクさを笑う余裕はなく、底知れぬ深い暗闇に引きずり込まれる感じでページを捲ってしまった。

また、文豪・谷崎に異を唱えるつもりはないが、主人公の武州公は、谷崎言うところの「被虐性の性慾を持つ人」ではなく、Aから虐げられるBを見て性的快感を覚えるタイプの人間だと考えている。谷崎の『春琴抄』の佐助や、『痴人の愛』の譲治のような自身が虐げられて快感を得るタイプとはいささか異なるのではないだろうか。

「再び幼児の古い傷口を突つ衝かれることがなかつたならば、あゝ迄彼の性慾が畸形的になりはしなかつたであらう。況んや戦国の世は、大名の子息と雖も今日の貴族の子弟の如く安閑と日を送つてゐたのではないから、なかなかさう云ふ邪念妄想を育てゝゐる暇はなかつた筈である。だから河内介輝勝(=武州公)も、一時は全くあの浅ましい享楽から遠ざかつて、ひたすら戦場に驍名を馳せるより外には何の望みもなかつたことゝ解釈していゝ。しかしながら彼のために不幸なことには、一旦癒えてゐた彼の忌はしい性癖に油を注ぐ一人の女性が玆に登場して来るのである。筑摩織部正則重の正室桔梗の方と云ふのは、牡鹿山の城攻めの後に『病死』をした薬師寺弾正政高の女で、則重の許へ輿入れをしたのは城攻めの翌々年にあたる天文二十年、彼女が十六歳の時だつたと云ふから、則重より一つ歳下、輝勝より一つ歳上であつた」。

「余人には分らないでも河内介には想像がつく。思ふに桔梗の方は、父弾正の死顔に肝腎なもの(=鼻)が欠けてゐたのを知つてゐる極く少数の遺族の中の一人であらう。そしてそのことを此の上もなく無念に感じ、父の復讐として、(父の敵であった)筑摩家の大将の顔を生きながら父の死顔と同じやうにさせてやりたいのであらう。彼女は最初からその意図を以て筑摩家へ嫁いだか、嫁いた後にその気になつたか、孰れにしても、その意図は彼女一人の心から出たもので、兄淡路守の旨を含んでゐるのではあるまい」。

「兎にも角にも河内介は、妻が夫を自らの手で不具にしておいてそれを眺めるのを楽しみながら侍くと云ふ事柄の持つ残忍性に、先づその奇異な性慾を呼び醒まされたのであらう。さうして彼は此の時から熱心な夫人の崇拝者となり、此の女の隠れた味方となつて、則重に対する忠誠を弊履の如く捨てゝしまつたのである」。

「出来ることならば、単独の彼女よりも、彼女と此の(桔梗の方に命じられた曲者の仕業ゆえの)兎唇(みつくち)の大名とが水入らずで対坐してゐる閨の光景が見たくてならなかつた。此の可哀さうな御面相の殿様が(兎唇のため)奇態な声を出して甘つたるい言葉をかけるとき、その殿様の恋女房である桔梗のおん方が、腹の底からこみ上げて来るをかしさを怺へ、陰険な悪意を押しかくして、につこりと媚をふくんでみせる、――夜な夜な繰り返されてゐるであらう奥御殿の密室に於けるそんな有様が、則重の前へ出る度毎に否でも応でも彼の妄想に現れるのであつた。どうかすると、上段の間に端坐してゐる則重のうしろの方の、うすぐらい床の間のあたりに高貴な上藹のほのじろい顔が幻のやうに浮き上る気がした。河内介は、織部正の御面相を材料にさう云ふ妄想を享楽しながら日を送つたことであつた」。

そんなある日、則重は、酒を呑み、桔梗の方と床を共にした後、真夜中に目を覚まして小用を足しに行った時、突如、曲者に襲われ、綺麗に根元から鼻を切り落とされてしまう。「此の珍事は、すでに読者も想像されたであらう通り、外ならぬ河内介の仕業であつた。彼の襲撃が斯くも見事に効を奏したのは、桔梗の方の手引きに依ることは勿論であつて、夫人と彼とは(侍女の)楓母子を文の使ひとして、例の地下道から絶えず音信を交してゐた」のである。

あの谷崎だからこそ書けた一篇、と言えるだろう。

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