情熱の本箱
釈迦の本質的な教えとは何か、それが大乗仏教へと変質してしまったのはなぜか:情熱の本箱(244)

51WLxPF1y0L._SX329_BO1,204,203,200_[1]

情熱的読書人間・榎戸 誠

釈迦の本質的な教えを原始仏教、初期仏教の中に探ること、時代を経て、それが大乗仏教(密教を含む)へと変質してしまったのはなぜかを突き止めること――に、仏教徒でもないのに、私は強い関心を抱いている(念のため、私はキリスト教徒でも、イスラーム教徒でもなく、無宗教である)。

仏教徒にして仏教学者の佐々木閑と、仏教に造詣の深い仏教徒・宮崎哲弥との対談集『ごまかさない仏教――仏・法・僧から問い直す』(佐々木閑・宮崎哲弥著、新潮選書)は、この私の欲求に正面から応えてくれた。

日本人の仏教について。「●宮崎=(日本人は)なまじ日本仏教の伝統に根ざしているため、ブッダの思想の本質がみえなくなってしまっているのだ。自分たちがもともと一体どういう基盤に、新たな教理、新たな実践を積み上げ、組み立ててきたのかを忘却してしまっているのだ。だからブッダの死後、仏教という大きな器に見境なく流し込まれた『歴史』やら『伝統』やらに泥むしかないのだ」。痛烈な批判である。

大乗仏教について。「●宮崎=真宗の常識に従って考えるならば、釈迦仏ではなく阿弥陀仏のはずでしょう。阿弥陀信仰の立場からは、釈迦よりも阿弥陀如来の方が明らかに格上で、経典によっては阿弥陀は釈迦の前世の師の師であり、父であり、主君であるとされていますから」。

「●佐々木=大乗仏教は釈迦が亡くなって500年近く経って現れた新たな仏教運動ですから、その中で作られた大乗仏教の経典が、ニカーヤに比べてはるかに新しいものであることは間違いありません。それは歴史的事実です。しかしながら、日本をはじめとした東アジア仏教圏は大乗仏教が中心ですから、その世界では大乗仏教の経典は釈迦の直説であるとか、あるいは正統なる仏教経典であるという思いは強く残っています。ですから、それは信仰の立場から言えば、大乗仏教経典も釈迦の教えであるが、歴史的に見るならば、決して釈迦自身が説いたものではない。こういった二重構造で捉えざるをえません。・・・日本は仏教導入の時期から大乗仏教一色であったので、江戸時代までは普通のお坊さんは阿含・ニカーヤに触れる機会もほとんどありませんでした。たとえ詠んだとしても、それは釈迦の初歩的な教え、あるいは入門者向けの教えとして軽視されてきました。明治時代になり、その阿含・ニカーヤこそが最古の経典であるという事実が明確になった段階で、ようやくそれは日本でも注目されるようになったのです」。

「●佐々木=お釈迦さまは実在したけれど、阿弥陀さまは歴史的人物としてのブッダではない。阿弥陀は大乗仏教になってから創られた多くのブッダのうちの一人です。その他、阿閦如来、薬師如来、大日如来など日本人になじみの深いブッダは、みな大乗仏教で創作されたものです。・・・密教で信仰されている大日如来は、さらにバージョンアップして、そういったすべてのパラレル世界を統括する、あらゆるブッダの元締めとされています」。

大乗仏教における釈迦の扱い方は、主客転倒、本末転倒も甚だしいというのが、私の見解だ。

「●宮崎=『自分のなした善行を他にも差し向け、自他ともに悟りを目指す』という廻向(えこう)の考え方から、利他を強調する大乗仏教、そして阿弥陀頼みの他力本願の思想などが生まれてくる。その裏で、釈迦が考えた業の自己責任性はどんどん相対化され、変質してしまったというわけですね」。

「●宮崎=浄土教や密教の方々がかなり無理をしてまで、どうしてブッダにオリジンを求めるのか、私にはよくわからない。●佐々木=なぜか釈迦がつくった仏教にあらかじめ大乗仏教が内蔵されていたなどという話になっていく。そうやって、ブッダとの直接関係を無理に設定することで、大乗仏教の正統性を裏付けようという思考です」。

釈迦の本質的な教えについて。「●宮崎=この、死が紛れもなく自分自身に切迫した危機だと説く章句は、老いること、病むことについてもまったく同じ表現が採られています。老病死を他者のことではなく、釈迦は紛れもなく『己がこと』として捉える自覚を促している。●佐々木=ここが仏教のもっとも本質的な重要部分ですね。年を取り病気になって死ぬという、生命主としての人間の宿命が、他人事ではなくわれわれ自身の問題として身に迫ってくるということを明確に打ち出しています。仏教という宗教は、ふだん他人事として忘れている老病死という人生の最大の苦しみを、我が身のこととして実感した人にとって、はじめて必要となるものなのです」。

「●佐々木=仏教が解決しようとしている問題は、あくまで『この私』の生老病死の苦(四苦)と、またそれの原因とも結果ともなり得る『この私』の存在性質をめぐる苦を加えたもの(八苦)であること。これを明らかにした挿話が『四門出遊』だと思います。釈迦が出家の志を立てるその第一歩に苦との出会いを持ってきたというところに仏伝作者の深い見識を感じます。しかもその苦が、貧困とか人間関係の不和とか、そういった社会的苦しみではなく、老病死というあらゆる人間に等しく振りかかる避けがたい根源的苦であることがポイントです。ここには仏教が立ち向かう課題が極めて明確に示されているのです」。

「●佐々木=良く考えてみれば、釈迦は究極の苦しみから何とか抜け出そうと、それこそ生きるか死ぬかギリギリのところで修行していたわけで、『世のため人のため』なんて考える余裕はまったくなかった。私は、もし釈迦が出家してなかったら自殺しているだろうといつも言っているんです。出家によって、はじめて自分で自分を救う道を見つけることができて、釈迦は救われたんです」。

「●佐々木=釈迦は悟りの境地に入っていたので、もういつ死んでもかまわないと思っていた。おそらく当時の修行者たちの中には、悟りを得ても、その方法を他人に教えないまま死んでいった、いわゆる『独覚(どっかく)』もたくさんいたはずです。それにもかかわらず、釈迦は教えを広める道を選んだ。ここは仏教学においてもホットな論点の一つですね」。

釈迦は輪廻を認めていたのか。「●宮崎=佐々木さんは釈迦は当時のインド社会全体の通念である輪廻という世界観を受容れ、それを前提に教えを説いたとのお考えを示されていますが、他方で輪廻を『現代の私たちにそのまま認めろというのはムチャな話』で、またご自身も輪廻を信じていないと明言されています。●佐々木=そうです。釈迦も輪廻については『好ましからざるものとしてではあるが、その存在を認めていた』というのが私の考えです。やはり、輪廻説を認めない限り、サンガ(出家修行者が修行のための集団生活を営む組織)という組織は成り立たないですからね。一般の人に『来世は天に生まれ変わりますよ』と生天説を説いて布施を募るわけですから、輪廻は絶対に受け入れていたはずです。ただ、釈迦は『来世はどこに生まれ変わるか』などという問題よりも、『目の前の苦とどう向き合い解消するか』という問題をメインに考えていたんだと思います。・・・人が生まれ変わりをぐるぐる繰り返すということは、古くはバラモン教の五火二道説からずっと言われてきたことで、当時のインド社会ではもう絶対の大前提だったわけです。だから、釈迦もそこを出発点とした上で、あえてその輪廻からの脱出を目的とする方向で、仏教を構築したということなのでしょう。・・・たしかに『スッタニパータ』の4章・5章には輪廻の話、たとえば天とか地獄とか具体的な生まれ変わりの話は一切出てきません。ただ、過去があり、現在があり、未来があるという『三世』の考えは出てきますが・・・」。

仏教の存在意義について。「●佐々木=私はいつも『仏教は病院だ』と言っているんですが、それは元気な時には必要ないんだけど、いざ苦に取りつかれたときに治療をしてくれる存在だから。そして、元気な人には病院は必要ないのかと言えばそんなことはないわけで、そこに病院がある、いざという時に駆け込むことができる、という安心感を健康な人にも提供してくれているんです。・・・我が身は断滅(自分は死によって完全になくなってしまう、跡形もなく無に帰してしまうという考え方)しかないという現実を受け止めながら、その断滅を恐怖しない自分を作るという作業は、釈迦の教えによって可能になる。・・・その自己消滅の恐ろしい苦から何とかして抜け出して、『苦のない消滅』を実現したいというのが願いです。そしてそれを可能にしてくれるのが、釈迦の仏教だと考えています」。

Tagged in: