情熱の本箱
鶴見俊輔の編集方法のエッセンスが学べる本:情熱の本箱(202)

170506Henshu[1]

情熱的読書人間・榎戸 誠

鼎談集『編集とはどういう行為か?――鶴見俊輔さんの仕事(3』(松田哲夫・室謙二・黒川創著、編集グループSURE)によって、3つのことを学ぶことができた。

第1に、鶴見俊輔という人物の生き方、考え方を知ることができた。

「鶴見さんの文化や芸術に対する視線というのは、大衆小説、マンガ、映画、漫才、ストリップ・・・と、芸術と大衆芸能とを同じ地平で論じていく。『限界芸術論』なんかもそうですが、そういう視点が歴史書を編むときにも出ているのが、おもしろいと思いました」。

第2に、鶴見の編集方法のエッセンスを学ぶことができた。

「鶴見さんにとって、編集とは、どういう行為だったか。つまり、他人と共同して議論の場所をつくり、読者に伝え、人材を育てる、この編集という行為全体が、とても重要な、鶴見さんの表現活動でもあったと思います」。

「鶴見さんは、自分の言葉で語る、しなやかな哲学者ですし、戦後日本を代表する、すぐれた思想家でもあります。また、粘り強く闘う市民運動家でもありました。ただ、僕にとっては、鶴見さんはなによりも、すぐれた編集者だったのです」。

「歴史書に未来の章をつくるというのは、前代未聞だと思います。これはちょっと、他の人にはまねできないやり方だなと思いました」。

「そういう仕事を通じて、鶴見さんの編集力、編集術について僕が理解したところを整理してみると、まず、『読む力』というのが、鶴見さんの場合は非常に強い。とにかくなんでも読んでいますね。・・・とてつもない読書量だと思います。それから、『憶える力』ですね。この人の記憶力はほんとにすごい。・・・ところが、ひとつの話が鶴見さんのなかで作り替えられていることがある。・・・記憶はしているんですが、とんでもなく、自分がいいように・・・(笑)というか、自分の思考も含めて記憶しちゃうので、すべて信用できるわけではない、ということはありました。さらに、この辺は鶴見さんらしいと思うのですが、『つかむ力』。ある人物とか、出来事について、一番大事なところをぎゅっとつかまえる。その手際のあざやかさというか、力強さには、圧倒されます。そうかと思うと、『跳ぶ力』もあるんです。鶴見さんって、話が跳ぶんですよね。ある方向にまっすぐに進んでいくのではなく、突然話が違うところにいく。・・・その跳び方というのが、わからないときは全然わからないのですが、おもしろい。それから、編集ということで、鶴見さんならではというのは、『貼りつける力』です。さまざまな要素をあつめて編集された本、アンソロジー、文学全集、エッセイ集、短篇集、選集・・・。そういうものは、小さな紙片を一枚一枚はりつけて、大きな貼り絵を描いていくようなものなんです。あるとき、鶴見さんが、たしかこういう風に言っていました。最初の一枚をどこに貼るか。それは、一見どこでもいいように思うんだけど、実はここでなくてはという場所がきっとあるはずだ。その場所に力一杯貼りつける力の強さが、絵全体をしっかりまとめていくポイントなんだ、と」。

「この、狂言の出だしのセリフ、『このあたりの者でござる』という感覚を、鶴見さんは、思想、政治の方法として非常に重要視していたと思います。実際これが、私が感じた、鶴見さんの編集の方法に近い」。

「鶴見さんは、映画を観たり、本を読んだりすると、そのことをいったん自分のなかでぐじゃぐじゃにして、これはこうだ、とつかみなおして言う。それは、本を垂直に読んで概念を組み立てて言うのとは、違うしかたで説明しているわけです。・・・読んでいるものを分解して、そうやって再構築していく。そういうのが鶴見さんの読み方で、編集の方法でもあったと思う。鶴見さんの編集の方法というのと、書く方法、思想の方法は、実に混然としているように思えました」。

「鶴見さんから教えてもったのは、たとえば、赤・青の鉛筆の使い方でした。『インタビューをしたら、テープ起こしするだろ、そのとき、絶対落とせないところだけを赤で囲んで、あとは青でちょっとずつ足していくんだ』と言われた。原稿全体から少しずつ削ろうとしたら、なかなか所定の分量に入らない。だから、絶対落とせないところをまず見つけなさい、と」。

「鶴見さんは、たくさんの書き手を発掘し、応援して、励ましてきましたよね。・・・そういう意味では名編集者ですよね」。

第3に、月刊思想誌『思想の科学』の実体に触れることができた。

「鶴見さんは、『戦後の日本が生んだ主要なエコール(学派)は、2つしかない』という言い方もしていました。それは、今西錦司に始まるサル学派と、マンガの『ガロ』学派だ、って(笑)。さらに、もうちょっと深読みすれば、そこに自分たちの『思想の科学』学派も加えられるっていう自負もあったんじゃないかと思うんだけど」。

「普通の人のなかにある哲学、という問題意識を、自分がアメリカでトップレベルの学者たちから学んできた記号論にぶつける。それが、あの人なりのプラグマティズムの検証の道筋だった。『思想の科学』という雑誌を、そういう実験の場としたかったんでしょう」。

鶴見は、50年に亘り、『思想の科学』を536号、出し続けた。「亡くなる最後のときまで、『思想の科学』について、あれこれと『もうろく帖』に書きつけています。だから、2015年に93歳で亡くなるまで、ほとんど70年にわたって、鶴見さんの『思想の科学』は続いていたと言えると思う」。

本書は127ページとかなり薄いが、内容は非常に濃い。

 

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