情熱の本箱
「くすみ書房」という本屋があった、久住邦晴という素敵な書店主がいた:情熱の本箱(253)

奇跡の本屋

「くすみ書房」という本屋があった、久住邦晴という素敵な書店主がいた


情熱的読書人間・榎戸 誠

『奇跡の本屋をつくりたい――くすみ書房のオヤジが残したもの』(久住邦晴著、ミシマ社)は、札幌で奇跡の本屋をつくりたいと念じ続けた書店主・久住邦晴の遺稿である。

「札幌の街に、くすみ書房という本屋がありました。そこは、地元の人たちはもちろん、道外から訪れた人たちからも愛される本屋でした。2015年、多くの人たちに惜しまれつつ、くすみ書房は閉店。約70年の歴史に幕を下ろします。本書は、その店の店主・久住邦晴氏が、2016年春先、病を告知された後、書きためた原稿をもとに構成しています。自身の復帰を信じ、中高生向けの本屋をつくる。そんな並々ならぬ意欲をもって執筆されました。数カ月の執筆を経て、2017年8月28日、永眠」。

くすみ書房が展開してきたフェアの数々を振り返ると、久住が目指すものがくっきりと見えてくる。

「なぜだ!? 売れない文庫フェア――次郎物語が本屋にないのはなぜ? 尾崎翠が売れないのはなぜ? 売れてないから本屋で置かない。本屋にないから目に触れない。・・・そして絶版になり、消えていく。でも、本当に売れないの? 確かめてみよう。というわけで 売れていない文庫フェア第1弾! 地味だけど味のある「ちくま文庫」800点。と、文庫の王様「新潮文庫」の売行順位1500位から最下位までの700点で勝負です。期間10/27〜12/31頃まで くすみ書房」。手書きのチラシだが、「次郎物語』、尾崎翠とあるのが嬉しい。

「売れない文庫が売れている まだまだ続く なぜだ!? 売れない文庫フェア――5月からの第3弾、大幅拡大版大展開! まずは 文庫の王様「新潮文庫」の売れない700点。地味だけど大人気「ちくま文庫」全点1300点。くろうと好みの「中公文庫」ほぼ全点800点。そして大物!「岩波文庫」全点1500点。札幌で一番! 何と合計4300点の大展開! 期間 まだまだ続く くすみ書房」。

「めざせ天国の本屋 朗読を始めます 5/10〜毎日午後5時から20分 岩波書店全点フェアより 第一回「坊っちゃん」 第二回以降「夢十夜」など予定」。

「本屋のオヤジのおせっかい 中学生はこれを読め!――本屋の店主たちが、本を読まない中学生に対し黙っていられず、つい口を出すことになったのだ。・・・オヤジたちは幼い頃から『本を読むと賢くなれる』といわれて育ち、ゆえに、中学生が本を読まない現状をひたすら嘆く日々であった。だがある時、本屋のオヤジは、はたと気付いた。自分の店に中学生向きの棚がないことに・・・。 中学生に読ませたい500冊 ●これ読め500選リスト ただいま、中学生フェア実施中! 2006年10月27日〜2007年1月15日」。このフェアは、札幌から北海道全域、静岡県、愛知県、岐阜県、三重県、石川兼へと広がっていったのである。「500冊のリストはその後2006年にブックレットになって北海道新聞社から発売になった。予想以上に売れそのご、改訂版も発売されている」。

2005年9月、ブックカフェ「ソクラテスのカフェ」をオープン。

「本を愛する大人たちのおせっかい 高校生はこれを読め!――『本にはすべての答えがある』と、わたしたちは信じている。だからあれ読め、これ読めとうるさく言うのだ。つらい時、迷った時、そしてうれしい時、高校生諸君にはいつもそばに本のある人生を歩んでもらいたい。 高校生に読ませたい500冊 ●これ読め500選リスト 単行本「高校生はこれを読め!」発売中 北海道新聞社発行 ただいま、高校生フェア実施中!」。

2011年10月から「本屋のオヤジのおせっかい 小学生はこれを読め!」フェアを実施。

「運営会社と相談し、まず当店の閉店危機のことはきちんと伝えた上で、以前からやりたかった『奇跡の本屋プロジェクト』で資金募集を開始することにした。奇跡の本屋プロジェクトとは、『当店は全国で唯一の<中学生の本棚>と<高校生の本棚>がある本屋です。本には人生を変え、奇跡を起こす力があります。今、夢も希望も持たず、人生に何も期待しない子どもたちが増えています。そんな彼らに人生の一冊を見つけてほしいと願っています。そのためにはこの中・高生の本棚にもっとたくさんの本が必要です。広い売場も必要です。そのために皆様のお力を貸していただきたいのです。新たな本の仕入れ資金と本棚の増設資金、そして運営資金として300万円が必要です』というものだった」。300万円という金額が、何とも切ないなあ。

「『中学生はこれを読め!』『高校生はこれを読め!』はそれぞれ全点揃った。長らく中止していた『これだけは読んでおけ!』と『君たちを守りたい』の棚もできた。そして『本を読まない学生はこれを読め!』も新設した」。ここで久住の原稿は終わっている。

その後、2015年6月、くすみ書房は閉店。1年後、「奇跡の本屋をつくりたい」と謳い、再始動するも、その矢先に肺がんが発覚。2017年8月28日、永眠、享年66。

久住は講演会で、こう語っている。「本好きで知られる椎名誠や池澤夏樹、齋藤孝やあのピース又吉までが本屋に行く楽しみを語っています。中でも良かったのが、東京大学の言語脳科学者の酒井邦嘉教授の『脳を創る<書店>』です。酒井教授はまず紙の本は電子書籍よりもはるかにハイスペックだと言います。たとえば、本の中をあちこち行き来しながら読むこととか、自由に書き込みができること。そして折りぐせも後で見返したときに大事な情報になると言います。さらに、表紙やカバー、文字の種類や大きさといった本の個性も我々の理解や記憶を助けてくれるし、実は検索性という意味でも紙のほうがすぐれているそうです。さらに面白かったのは、本屋に入ってパッと一冊の本が目に入ることはよくありますが、脳の検索する情報には履歴の効果があり、新しいものが優先されるといいます。ですから、ごく最近見たことや、関心を持っていることが真っ先に検索されるそうです。ですから本屋に行って目に飛び込んでくる本というのは、今の自分にとって一番必要な本だと言えるのだそうです。驚きました。特に、個性的な棚作りがしてある書店は脳にとっても良いようです」。酒井、久住の見解に全面的に賛成である。私は棺桶に入る直前まで、紙の本を読み続け、本屋に通い続けるつもりだ。