Topics
【本活体験記Vol.3】安田登「声と身体感覚を通す読書」 Fさんの場合

IMG_0136
ようやく秋らしい気候になった11月4日(月・祝)、京阪電鉄なにわ橋のアートスペースB1では、能楽師の安田登さんをお迎えして、読者力養成ワークショップ「本活」第二回目、「声と身体感覚の読書とは?」が開催されました。

紋付袴姿の安田さんの登場に、しんと静まりかえる会場。しかし、小学校から海外の大学まで豊富な講演実績を持つ安田さん、「私は子どものころは全く本が読めなくて・・」と柔らかな語り口で話し始められた自己紹介のユニークなこと!会場はすぐに和やかな雰囲気につつまれました。

「『メロドラマ』は『メロディ』と『ドラマ』。昔は音が物語における重要な役割を果たしていたのです」
「近代俳句を確立した正岡子規は若い頃に新作能を書いているし、その病床では、高浜虚子たちが子規のために謡を謡っている。俳諧のベースには謡があり、俳句は謡うようによまれていたのでは」
「桃太郎の話の始まり部分である『むかしむかし、おじいさんとおばあさんが・・・』は、驚くほどに全国共通である。これは、文字ではなくて言葉・音で伝えられたことが大きいのではないか」
・・・など様々な事例を挙げて、昔は「音」すなわち「声に出して読む」ことが物語を理解するベースであったことを説明してくださる安田さん。
「私は学者ではないので、あまり信じないように(笑)」とおっしゃりながらも、その解説は実に分かりやすく、私たちはぐいぐいと音読の魅力に引き込まれていきました。

そんな講座のハイライトが、夏目漱石作「夢十夜 第三夜」の実演。
照明を落とした舞台から空気を震わすように響く謡、静かなのにスリリングな父と子のやりとり、そして時に緩やかに、時に機関銃のように迫る状況描写…その声に身を委ねると、黒い森が見え、風が吹き、雨に濡れ、ゾクっとする怖さが身体に入り込んでくるような感覚に襲われました。終わった後、参加者の皆さんからは拍手とともに「はぁ」というため息が。そう、息をするのも忘れて聞き入っていたのでした。

余韻覚めやらぬまま、安田さんの講義は続きます。配られたのは、旅の僧の絵と解読できない文字が並んだ句。この僧は松尾芭蕉を描いたもので、句も芭蕉のものなのですが、安田さんはその句の前に書かれた四行の文字に注目します。これは「謡」で、能「梅枝」の一節であると。ここに書かれた謡を詠むことで、「梅枝」のストーリーと俳句が言わんとすることが結びつき、旅の僧姿の芭蕉の気持ちにぐんと近づくことができるのです。俳句を「文字で見る」だけでは決して得られないことを知るとともに、昔の俳人達と能との強い結びつきを実感できたひとときでした。

続いて、同じく松尾芭蕉の「奥の細道-那須」。
「『奥の細道』はフィクション部分も多くあり、まるで一門が芭蕉とともに歩くためのRPG(ロールプレイング)シナリオのよう。能に通じる『異界』につながるスイッチが各所に埋め込まれている」と語る安田さん。能の形式と照らし合わせながらの読み解きは、まさに仮想世界を探検するような面白さ!「もっと『奥の細道』を読んでみたい」と思ったのは私だけではないはずです。(会場で「奥の細道」を販売したら売れただろうなぁ)

山月記の一節を参加者全員で朗読して、声を出す読書の楽しさをさらに実感。そんな私たちに安田さんが教えてくださったのが、音読をより深いものにするために役立つ呼吸法。その一つ、集中すれば新聞紙も破れるという「呼」を皆で練習して、濃密な講義はお開きとなりました。

IMG_0152 1

本来ならば1時間の講義時間でしたが、安田さんが次の移動先への時間調整のために延長してくださり、1時間半みっちり、とっても贅沢な内容になりました。安田さん、ありがとうございました!
(それにしても安田さん、この日の朝は熊本におられ、お次は博多に。文字通り日本中を飛び回る日々なのですが、「気持ちよく声を出せた時は全然疲れないんですよ」と爽やかにおっしゃっていたのがとても印象的でした。)