どっかん
最も破壊力の強い“どっかん”は…

『春にして君を離れ』

クリスティによる別名義普通小説の傑作。
裕福で綺麗な中年の英国夫人がバクダッドから戻る途中、足止めをくらい自らの生活を振り返る。「いい妻」「いい母」だと思ってきた自分の足場は徐々にくずれ、衝撃の事実らしきものが形をなしてくる。
そのプロセスには、ミステリの骨法や名探偵の目のつけどころが、ふんだんに使われている。口に出さない素振りや反応、即ちノンヴァーバルな「証言」たちと、それらをかき集めるアブダクションの手法だ。
浮かび上がった輪郭は、まさに“どっかん”なのだが、それをすみやかに「なかったこと」にしてまう主人公の態度もまた、“どっかん”である。
読後、この歪んだ鏡と自分は無縁だと言い切れる人とは、あまりお友達になりたくないものだ(oTo)。

【ミニ大阪弁講座 001】:してまう
標準語の〈してしまう〉に限りなく近いが、より恣意性の強い状況を指す。さらに確信犯だと〈してこます(大和川以北では死語)〉。過去形〈してもた〉。類語に〈いてまう〉。

【五感連想】