魔女の本領
『ぼくは覚えている』ジョー・ブレイナードを読む!

僕は覚えている

『ぼくは覚えている』ジョー・ブレイナード


不思議な作品だ、ぼくは覚えているという書き出しで、ほぼ一行の文章(幾つかは数行)が書き連ねられている。詩なんだろうか単なる覚書なのだろうか?著者は1942年生まれで94年にすでにエイズで亡くなっているが、60年代に油絵、水彩画、イラストなどで活躍した画家であり、詩人とのコラボレーション作品などもある有名人であったらしい。「ぼくは覚えている」という作品は75年に発表され高い評価を受けていたが、ポール・オースターの推薦文がついたペンギン版が95年に出され再び脚光をあびた。

この「ぼくは覚えている」という冒頭のフレイズに続けられた文は本当に些細な日常のきずきなのだが、それが明確なイメージをともなって、その時のブレイナードの心を浮かび上がらせている。絶妙なのだ。人形のスカートの後ろがよじれてしわが寄っていたとか、聖体拝受のとき笑わないようにするのが難しかったとか、焼く前のビスケットの生地がおいしかったとか、私たちが子供の頃の日常にもあったことを思い起こさせる。しかし、やはり心に引っかかるのは同性愛的資質の目覚めと性的な困惑が揺れるように何度も書きつらねられていて、笑えるが、いや笑えない。男の子にとって性に目覚め、その目覚めが同性愛であることは今より自由ではなかったかもしれない。又この作品は、50年代のテレビ。映画文化に触れられていることも特徴的である。私たちにもなじみのある、マリリン・モンローやエリザベス・テーラーやその他多くの映画やテレビへの接触が触れられていて、印象的である。

これは記憶というものを、大袈裟に物語るのではなく、ピンとはじくように書き記していくことで見事な自叙伝になりえていて、また子供時代をあんな小さな事象で書ききっているという点でも、とても考えさせられる作品である。是非とも一読をお勧めいたします。

魔女:加藤恵子