魔女の本領
これは先物買いかもしれないぞ…

濱次お役者双六

 

『濱次お役者双六』シリーズ


若くはないんだが、直木賞の候補ぐらいにはなるかもしれない。全然知らなかったのだが、小説現代長編新人賞受賞作品のシリーズ化ということで一気読みした。作者は変なペンネームだが女性である。

舞台は江戸の芝居小屋森田座の中二階、すなわち大部屋の若手女形梅村濱次。おっとりしていて、やる気があるのかないのかわからない。がじつはついているのです。若くして死んだ初代香風の幽霊が。本人は自覚がないのだが、座頭の森田勘弥、お師匠様の仙雀には見えるらしい。この幽霊がやる気のない濱次に看板役者になってもらいたくてついている。そして時々出てくるのである。

『花合わせ』は朝顔の珍品をめぐってのてんやわんや。しかし、朝顔の珍品を競った話は歴史的事実であり、その点でもなかなかいいところを背景に持ってきている。濱次は主人公ではあるが、突出して活躍する訳ではないのだが、大部屋の女形たちの生態やら、濱次の身の回りの世話を焼く清次という小銭かせぎをする憎めない人物もなかなかいい。珍品の朝顔に追いかけまわされて、破滅しそうになる植木屋の娘とその親を助けるストーリーである。

『質草破り』は、濱次が香風の幽霊に乗り移られて夜中に踊りを踊って長屋から追い出されて、引っ越した先が質屋の長屋。この娘が美人なのだが、ともかく芝居者が嫌い。実は森田勘弥の姪なのだが、芝居の三味線弾きに惚れたのに、どうやら訳があって、それ以来芝居者が嫌いになっているらしい。その敵らしい三味線弾きが、質草がないので、芝居の時にかける三味線の合いの手を質草にする。それが使えないと芝居小屋には居られなくなる。そこで、なにやら込み言った三味線弾きと質屋の娘のあいだのこんがらがった糸をほぐすのになぜだか働いてしまう濱次。

『翔ぶ梅』は濱次に天下の中村座から引き抜きがきた。しかし、このうまい話には裏があり、濱次を見こんだ女形平九郎が早変わりをするときの身代わりに使おうとしているらしい。役者ではなく人形として。これをねたんだ同僚からねたまれたり、嫌がらせを受けたりしている濱次は「どうでもいいや」とおもっている。この作品は芝居者の心や、大部屋役者の右往左往が描かれていて、全2作とは少し色合いが異なる。

江戸時代を舞台の大衆文学は少なくない。藤沢周平の端正な作品も好きだし、山本周五郎のガッチリした作風も好きだ。池波正太郎の鬼平犯科帳だって大好きだ。それらに比較するには無理ではあるが、中二階の女形濱次は草食系捕物帳。ともかく、意地悪は出て来ても、悪者は出てこない。殺人もなければ、血も流れない。時々怪しい風が吹くがこれは香風の幽霊なのだが、これだって祟るわけではない。芸道の話はいくぶん出ては来るが、それだって、他人を泣かせる非道な芸人話でもない。

というわけで、何がいいのか分からないけれど、優男がふわふわ生きていて、まわりの面々もどうでもいいやつばかりという肩に力が入らない芝居捕物帳はいかがでしょうか。

魔女:加藤恵子