魔女の本領
目覚めた王女様のその後…

ペロー

 

『いま読む ペロー「昔話」』工藤庸子訳


眠れる森の美女?目覚めた王女様のその後を皆さん知ってましたか?

本書はペローのお話(童話ではない)、「眠れる森の美女」「赤頭巾」「青ひげ」「猫の大将または長靴をはいた猫」「仙女たち」「サンドリヨンまたは小さなガラスの靴」「巻き毛のリケ」「親指小僧」の訳と人物としてのペローと民話からペローの物語、グリムへと連なる筋道を解説したもので、研究書ではなく一般解説書である。私もどうも、ペローのお話とグリムの童話、さらにはディズニーの映画のストーリーがごちゃごちゃで、その間に違いがある事は知っていたが、明確な違いについては知らなかった。さらに、ペローの「昔話」に教訓が付けられていたことも初めて知った。

ペローの「昔話」は出版に先立つ1697年手稿本がルイ14世の弟フィリップ・ドルレアンの娘、エリザベート=シャルロット・ドルレアンに捧げられたものが残っているが、差出人はシャルル・ペローの末息子になっているために、作者がペローなのか否かに疑問が呈されているらしいが、これはペローが宮廷人であったための何等かの作為が考えられるようだ。

工藤の訳を読んでみて、それぞれの話がこんなに短いのかと驚いた。どうもその点について、ペローの「昔話」はイタリアの17世紀昔話集『ペンタメオーネ「5日物語」』(1634〜36年)から来ている。イタリア民衆文学はいわゆるバフチンの『フランソワ・ラブレーの作品と中世・ルネサンスの民衆文化』で描かれた豊饒・饒舌な文学から一転して、洗練されたフランスのサロンで出来上がった作品としての特徴が強調されている。ペローの昔話はまた、この後のグリムのメールヘンとも異なる。グリムは19世紀の前半、ナポレオン帝国が崩壊しヨーロッパでナショナリズムの運動が沸き起こり、国民のアイデンティティを作り上げるために、ドイツ的な文化の根源を探り「民間伝承」を収集めたものである。いわば国民教育の理念を導き出すための「童話」であった。

ペローはルイ14世に仕えた廷身で、アカデミー・フランセーズの重鎮として、フランス語の辞典編纂にもたずさわった文人である。この「昔話」はルイ王朝に仕えた貴族、大ブルジョワの文芸サロンでもてはやされたものである点で、グリムとはその性格が異なることは歴然としている。建前は「子供向き」ではあったが内実対象にしたのはサロンに集う大人であった。また、その作品として出来上がる過程で、男性がギリシャ語ラテン語の学識と権威を持って知的活動を行なったのに対して、ようやく認められたフランス語は「女性を排除しない言語」であり、下層の女性たちが口承で伝えて来た伝承を宮廷の場で語って聞かせてそれをフランス語で書き記す文化状況が初めてできた所に、ペローの物語もある。日本で言えば平安時代の宮廷文学と同様な状況が思い浮かぶ。サロンで語られたものを文学的に構成し直し、それを読み合う中で再構成し、出来上がったものと考えられる。ついで、興味深いことは、ペローの「昔話」とグリムの童話の同一性であるが、これが実はフランスのユグノーの亡命と共にドイツに伝播した点が今日では研究が進んであるということである。以前、山室静の研究で世界各国にシンデレラ伝説がたしか300以上あるというのを読んだ記憶があるが、これは世界各国共通の古代伝承あるいは精神分析的な精神の古層からくるという物語性は間違ってもいないが、正確でもないかもしれない。しかし、ペロー以前の物語と異なる点、即ちペローが創作したものが広まったと思われるものも指摘されている。赤頭巾の頭巾の赤である。それまでの伝承では服装に取り立てて特徴は無かったが、ペローが「赤」を選んだことは、計り知れない印象を与えたようで、その後の物語は全て赤頭巾の少女となっているということである。

ペローの原点を読んだ印象として、狼の存在と人が食べられる(殺される)というシーンが多いことに驚く。阿部謹也氏の本で中世のドイツでは共同体から排除された犯罪者は森に追われ人狼になるという論文を読んだことがあるが、実は中世において狼は庶民にとっての驚異であったのはその狂暴性にあったのではなく、狼を狩りすることができるのは領主だけであり、庶民には大迷惑であったと言う点である。狼は人を食うと言うことは本当に食い殺されると同様に、歴史的文脈で読む必要がある。そして、犯罪者も又森にいて人狼として恐怖の対象となっていたと言う点も。

その他、やたらに性的である眠りの森の美女とか「青ひげ」は15世紀のジル・ドレが話の基礎であるのではなく、むしろ逆で、それ以前からあった話に、ジル・ドレの犯罪行為があてはめられたというのも面白い。最後に原作につけられた教訓であるが、なかなかイミシンで、これはサロンの女たちが逆説的に付したのではないかと思わせられた。

魔女:加藤恵子