情熱の本箱
書評家・豊﨑由美の業の冴えに感服つかまつり候:情熱の本箱(34)

だめ男

 

書評家・豊﨑由美の業の冴えに感服つかまつり候


情熱的読書人間・榎戸 誠

『まるでダメ男(オ)じゃん!――「トホホ男子」で読む、百年ちょっとの名作23選』(豊﨑由美著、筑摩書房)は、豊﨑由美にしか書けない奇書である。

「わたしは小説に出てくるダメ人間や奇人変人が大好物です。だから、彼らのキャラクターを通して名作と向かい合う時間が本当に楽しかった。というわけで、この本はトヨザキ個人のそういう『楽しい』を集めた趣味本にすぎないのですが、読書を愉しむためのひとつの方法を提示したつもりもちょっぴりだけどあったりします。名作だからってかしこまる必要なんてない。リスペクトは必要だけど、臆することはない。また、過去の評価なんかに振り回される必要もない。好きなように読めばいい。好きな角度から入っていけばいい。そして、読書と読解を楽しめばいい」。全く、そのとおりだ!

「橋田壽賀子ドラマもまっ青なダメ男見本市 ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』」は、こんなふうだ。「ダメな気性の男がダメな言動を繰り返し、ダメな自分を更新し続ける様を遠くから見守る快感を発見して数十年。ついに、ダメ男をテーマにしたこのような本を上梓するに至った次第でございます。で、その目線で再読すると、『カラマーゾフの兄弟』(最近は『カラキョー』と呼ぶんだそうですね)はなかなかに味わい深い、笑える小説だったりするのですよ」。

「わたくしが愛してやまないキャラクター、それは兄弟たちの父親フョードル・パーヴロヴィチ・カラマーゾフ。この好色オヤジのダメっぷりときたら、さすがドストエフスキーが造型しただけあって、まさに世界文学クラスなんであります。この未完の大作の中で、一番最初に登場。作者から、これでもかっていうくらいそしられちゃってんです」。

こういう調子でフョードルのダメっぷりが続くのだが、「トヨザキ感服つかまつり候。・・・とてもこのオヤジにはかないません。で、一事が万事というべきで、フョードルが登場する場面はすべてがこんな調子。その場に居合わせている登場人物たちのみならず、読者の神経まで逆なでしないではいない究極の無駄口叩き野郎、それがフョードル・パーヴロヴィチ・カラマーゾフという人間なのです」と脱帽している。そう言えば、私も『カラマーゾフの兄弟』を読み通した時、このフョードルという人物には辟易したなあ。

この章は、「やっぱりすごい、フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー。やっぱり面白い、『カラマーゾフの兄弟』。トヨザキの目に狂いはございませんでした。これは鉄板の、まるでダメ男的名作です」と結ばれている。

「ガリ勉型世間知レベル0のダメ男 森鴎外『舞姫』」についても、著者は容赦がない。「(主人公の太田)豊太郎は厳しい父親を早くに亡くし、一人っ子として母の期待を一身に担って勉学に勤しんだおかげで、19歳で大学を卒業し、官費留学を果たすほどの秀才です。ベルリンでも、3年間一心不乱に勉強し、ビールを飲んだり、ビリヤードで遊んだりもしないガリ勉ぶりに、学友からも疎ましがられる始末」。

「あー、こういうタイプ、よくいますよねえ。お母さんのいいなりで、勉強ばっかりしてきたせいで、世間知らずに育ち上がってしまい、女性に対する免疫もないもんだから、知的レベルにおいても生活レベルにおいても置かれている立場においても、本来なら相性のいいはずがない、遊びで済ませておかなきゃならない関係を本気にまで持っていっちゃう、良くいえば純情、悪く言えば欺されやすい男。いや、エリスが豊太郎を食い物にしようと近づいたと言いたいわけじゃありません。・・・身分違いの恋に盲目になろうが、それをちゃんとまっとうしさえすれば、ダメ男なんかじゃありません。むしろ、誠実男子の鑑と讃えられもしましょう。でも、皆さんもご承知のとおり、豊太郎は違います。エリスには『愛している』『棄てたりしない』と言っておきながら、相沢や大臣には『女とは別れ、一緒に帰国して、お国のために働きます』と約束をする右顧左眄の優柔不断人間。性欲にまかせ、結婚してもいない十代の少女を妊娠させる無責任男。気がふれた恋人を、ささやかな慰謝料と共に置き去りにする酷薄者。・・・つまり、サイテー。エリート系ダメ男の見本のような人物なんであります」。

名うての読み手である著者は、最後に至り、「さすが、百年を超えて残る作品は違うなあ。トヨザキ感服つかまつり候。皆さんも、欺されたと思って、声に出して読んで下さいまし」と、『舞姫』と森鴎外に対してはちゃんと敬意を払っている。

この他、「子供っぽいジコチュー型のダメ男 夏目漱石『坊っちゃん』」や「夢みる夢男でダメ男 フィッツジェラルド『グレート・ギャッツビー』」など24作品が、俎上に載せられている。

本書を読み終わって、書評家・豊﨑由美の業(わざ)の冴えに感服つかまつり候。