情熱の本箱
その愛用品からブロンテ三姉妹の人間像を炙り出そうという試み:情熱の本箱(177)

ブロンテ姉妹

 

その愛用品からブロンテ三姉妹の人間像を炙り出そうという試み


情熱的読書人間・榎戸 誠

シャーロット・ブロンテの『ジェイン・エア』とエミリー・ブロンテの『嵐が丘』は、私の好きな作品である。この二人にアン・ブロンテを加えた三姉妹の愛用品――幼い頃、物語を書き記すために手近なものを利用して作った小さな本、裁縫関係だけでなく、私的なさまざまなものも詰め込まれた裁縫箱、散歩用の杖、愛犬の首輪、使い込まれた携帯用の書き物机――、そして愛犬、思いの籠もった手紙、愛する人の一房の髪、思い出の文章や品々を収めたアルバムなどを通して、彼らの人間像に迫ろうというユニークな書が『ブロンテ三姉妹の抽斗(ひきだし)――物語を作ったものたち』(デボラ・ラッツ著、松尾恭子訳、柏書房)である。

これらのものの中で、私の目をとりわけ引き付けたのは、「本」と「荒野」である。

夢中になった読書が、三姉妹を文学の道に向かわせたことが明らかにされている。「(朗読だけでなく)ひとりで本を読む時も深い喜びを感じることができる。ブロンテきょうだいは、本を静かにじっくり読んでいる間は自分の世界に入り込んだ。それは彼らにとってとても大切なことだった。牧師館にひとりになれる場所がなかったからだ。姉妹は、自分の部屋はおろか自分のベッドすら持っていなかった。しかし、本を読む時はどの部屋にいても、そこがたちまち自分だけの世界になった。家中の窓の側にある腰掛けに座れば、広々とした荒野を眺めながら読書に浸れた。エミリーはよく敷物の上に座り、かたわらに長々と寝そべる愛犬キーパーに片手を置き、本に鼻を突っ込むようにして読んだ。・・・姉妹は日頃から家事を手伝っていたが、家事の間も工夫して読書をした(書き物もした)。・・・シャーロットは近視だったため、おかしなほど本に顔を近々と寄せた。・・・ブロンテきょうだいは、本を持って荒野を散歩した」。

そして、文学への熱い思いは作家への道の扉を押し開くことになる。「ブロンテきょうだいが書いた物語は、詰まるところ、本に彩られた物語である。ブロンテきょうだいは本を作り、本を読み、本に書き、本について記した。そしてシャーロットとエミリーは作家として名を成した(アンも姉には及ばないものの有名になった)。きょうだいが皆亡くなった後、シャーロットは子供時代をこう振り返っている。『家族以外の人と交わりたいとは少しも思わなかった。私たちは自分ひとりだけで、または家族だけで本を読み、学び、そのようにして楽しく日々を過ごしていた』」。

三姉妹にとって、彼らが生活する牧師館の周囲に広がる荒野は重要な意味を持っている。「エミリーは10代の頃、いつも荒野を歩いた。それは彼女にとって不可欠なことだった。・・・エミリーは、ほとんど毎日のように荒野を歩いた。・・・きょうだい揃って荒野に出かける時もあったが、大抵はひとりかふたりで歩いた。アンとエミリーはよく連れ立って、お気に入りの場所までてくてく歩いた。・・・ふたりはそこに座り、『世間から身を隠した』。(川の)合流点から見えるのは『どこまでも生い茂るヒース』と広い空だけである。ふたりが求めたのは世間から隔絶した場所だった。ふたりは、当時、女性らしく上品だとされていた行動とはかけ離れた荒々しい行動をとった。川があれば回り道などせず歩いて川を渡り、崖や岩山や泥沼があると大喜びした。苔、ヒバリ、ライチョウ、ブルーベルに親しみ、四季折々に変化する植物や動物を観察した」。ブロンテ姉妹と一緒に荒野を歩き回りたかったなあ。

「エミリーと彼女のきょうだいは、美しいものを求めて歩くことと自然に触れて創造力を刺激するために歩くことを、ウィリアム・ワーズワースをはじめとするイギリスのロマン派詩人から学んだ」。

荒野は、とりわけエミリーに強大な影響を与えたのである。「教会の雑用夫は、彼女(エミリー)が犬を連れて踏み越し段を越える姿を、教会の窓越しに『何百回となく』目撃している。雑用夫は、彼女について独特の表現を使って述べている。『それはもう荒野が大好きでね、どんな天気でもおかまいなしに出かけて行って、気持ちのいい風を楽しんでいたよ』。まるで男の子のようにのびのびと手足を動かしていた、とも語っている」。

「故郷の自然がエミリーの思いを強めた。シャーロットによると、エミリーは『荒野に育てられた子』であり、咲きほこるヒースの放つ『紫の光』と『鉛色の丘の中腹にある陰気な窪地の陰』を宿していた。風もまた、エミリーと同じ気持ち――無限なるものに焦がれる気持ちを持っていた」。

「自然と風は、エミリーを超越的な境地に至らしめた。彼女が自然の中に入って自然を感じることができたのは、荒野の魔法のおかげでもある」。

訳者も、「『嵐が丘』は荒野と深く結びついており、エミリーが荒野を歩いたからこそ生まれたのではないかと思わずにいられません。もちろん、シャーロットとアンの小説にも故郷の自然は大きな影響を与えています」と述べている。

三姉妹に関する興味深いエピソードも記されている。「三人は、決してなかよしこよしの姉妹だったわけではありません。お姉さん風を吹かせるシャーロットに対してエミリーが反発を覚え、ふたりの関係がぎくしゃくすることもありました。しかし、ふたりの間にあった緊張感が執筆の原動力だったのではないか、と著者デボラ・ラッツは述べています。ブロンテ姉妹には対抗意識もあったのではないでしょうか。でも、才能を認め合い、切磋琢磨しながら執筆活動を続けていたのだと思います」。

「ブロンテ姉妹に会った人は十中八九、スミレ色の瞳を持つアンが姉妹の中で一番の器量良しだと思った。アンは服装に文句をつけられることがなかったが、シャーロットとエミリーは、服装がいまひとつだと生涯にわたって言われ続けた。・・・(エミリーは)服装についてからかわれても、どこ吹く風といった様子だったようだ」。

シャーロットが38歳、エミリーが30歳、アンが29歳という若さで世を去っていることには、胸を衝かれる。

ブロンテ三姉妹の息吹が身近に感じられる、ブロンテ・ファンには見逃せない一冊だ。