情熱の本箱
明治維新の成功は、ベストの人材が最重要課題に取り組み、驚くべきスピードで決定・実行したことにあった:情熱の本箱(359)

  

情熱的読書人間・榎戸 誠

明治維新の意味』(北岡伸一著、新潮選書)は、明治維新とは何だったのか、明治維新が成功したのはなぜか、それ以後の日本が失敗したのはなぜか――を問うている。

●明治維新とは何だったのか――

「当時28歳の無名のジャーナリストだった石橋湛山は、1912年9月、次のように述べている。<多くの人は、明治時代を帝国主義的発展の時代だったと見るだろう。しかし自分はそうは考えない。これらの(日清、日露)戦争は、時勢上やむを得ず行ったものである・・・>。そして石橋は、明治時代の最大の事業は、戦争の勝利や植民地の発展ではなく、<政治、法律、社会の万般の制度および思想に、デモクラチックの改革を行ったことにあると考えたい>と述べている。私は石橋の議論に強く共感するものである。日清戦争、日露戦争は、周辺国との関係からやむなく行った戦争であった。とくに日露戦争は、もう少し関係国が賢明であれば避けられたかもしれない戦争であった。死傷者の多さ、膨大な軍事費、積み重なった外債の大きさ、その後に残した周辺国との摩擦の大きさなどを考えれば、できれば避けたい戦争だった」。

「維新から内閣制度の創設、憲法の制定、議会の開設に至る変革は、既得権益を持つ特権層を打破し、様々な制約を取り除いた民主化革命、自由化革命であり、人材登用革命であった。そしてその趨勢は、明治憲法体制の中で、長く取れば、明治末から大正まで続いたのである」。

●明治維新が成功したのはなぜか――

「偉大であったのは、日清日露の勝利というよりも、勝利できるような国力を蓄えたことである。王政復古から日清戦争勝利までわずか27年、日露戦争勝利まで37年で、そのような力をつけたことである。明治維新が解放した力が明治という時代を貫いていたことは間違いない」。

「石橋のいう『デモクラチックの改革』という観点から。明治期を概観してみよう。『デモクラチックの改革』とは、言い換えれば、政治参加の拡大を意味していた。さらに言い換えれば、伝統的な制約からの解放であり、自由化であった、そしてその最も重要な鍵は、西洋文明の導入であり、学問と言論の自由であった」。

「明治の偉大さは、民主化、自由化にあった。また開国して西洋の事物に向き合い、これに対応するために、多くの制度を変革し、日本文化の根底を損なうことなく、国民の自由なエネルギーの発揮を可能ならしめたことにあった」。

「明治維新以来の政治でもっとも驚くべきことは、日本が直面した最重要課題に政治が取り組み、ベストの人材を起用して、驚くべきスピードで決定と実行を進めていることである。現在の日本は、きわめて閉塞的な状況にある。そのために何をすべきか、簡単な答えはない。ただ、重要な判断基準は、日本にとってもっとも重要な問題に、もっとも優れた人材が、意志と能力のある人の衆知を集めて、手続論や世論の支持は二の次にして、取り組んでいるかどうか、ということである。それを明治維新の歴史は教えてくれている」。

●それ以後の日本が失敗したのはなぜか――

「日露戦争が薄氷を踏む勝利だったことは忘れられ、日本人の力と勇気は過剰に強調され、伝えられた。また日露戦争で獲得した満洲権益などは神聖不可侵の戦果と考えられ、また実態以上のものとして記憶され、その結果、外交の柔軟性は失われてしまった。昭和の敗戦は、このような日露戦争の神話化と驕りの中に胚胎していた」。

「明治維新の最大の目標は、日本の独立であった。列国と並び立つことだった。日露戦争の勝利によって、元老の役割がほぼ終わったのは、自然なことだった。加えて言えば、日露戦争以後、明治天皇も気力体力の衰えが目立つようになったといわれている」。

「私は日露戦争以後、様々な集団において制度化、合理化(マックス・ヴェーバー)が進み、それとともに、リーダーの凡庸化、平凡化が進んだことではないかと考える。政友会では、西園寺総裁の下で、実務を取り仕切ったのは原敬だった。原は盛岡藩の家老の息子に生まれ、朝敵の子として辛酸を舐め、陸奥宗光に見出されて外交官として成功し、退官して大阪毎日新聞の社長をつとめたのち、伊藤博文に誘われて立憲政友会に入党した。原は優れた外交感覚と同時に、戦前戦後を通じておそらく最高の政党指導者であって、他の政治家の追随を許さぬ力量の持ち主であった」。著者にここまで言わせる原敬なる人物に、俄然、興味が湧いてきた。

「昭和の軍において、リーダーはいずれもセクショナル・インタレストを振り回すだけになってしまった。彼らは、現場から、下からの突き上げを、大局的な国益判断によって、押さえつけることができなかったのである」。

著者の見解に賛成か否かに拘わらず、明治維新を考えようとするとき、恰好の材料を与えてくれる一冊である。

Tagged in: