情熱の本箱
少なくとも2回、多ければ5回、全地球が凍結したというスノーボール・アース仮説とは:情熱の本箱(378)

  

情熱的読書人間・榎戸 誠

スノーボール・アース――生命大進化をもたらした全地球凍結』(ガブリエル・ウォーカー著、川上紳一監修、渡会圭子訳、早川書房)の主人公、ポール・F・ホフマンは、7億5千万年前から5億9千万年前にかけて、少なくとも2回、多ければ5回、全地球が凍結したというスノーボール・アース仮説(全地球凍結仮説)を主張している。

この大胆な仮説は大論争を巻き起こし、多くの反論・異論が押し寄せてきたが、戦闘的なポールは自説を補強する証拠を次々と示すことによって、悉く捩じ伏せてきた。本書は、その過程を臨場感豊かに描き出したドキュメントである。

全地球凍結は、なぜ生じたのか。どのように進行したのか。どのような影響を及ぼしたのか。何がスノーボールを解かしたのか。これらの疑問に対し、説得力のある明快な回答が示されている。

「まず初めに氷ありき。それが北極と南極にある拠点からじわじわと広がりはじめ、海の表面を凍らせ、少しずつ陸上にも進出した。青い惑星がまごうかたなき白に変わる。・・・おそらく何千年もかけて、この白い脅威は何ものにも顧みられないまま、赤道へと忍び寄っていったのだろう。・・・地球の表面がまるで極寒の不毛の地である火星、あるいは氷でおおわれた木星の月のようになってしまった。・・・ポールの主張するスノーボールとは、このうえなく寒く、このうえなくドラマチックで、このうえなく厳しい、地球にとっての衝撃だった。史上最悪の大災害だったのだ。おそらく10万世紀にわたり、地球は凍った氷の玉であり、荒れ果て、生命が存在できる状態ではなかった。微生物にとって、スノーボールは世界の終わりと思えたに違いない。もちろん生き残ったものもある――そうでなければ、今われわれの目に触れることはなかったはずだから。おそらくそれらは海底火山のまわりに暖を求めて集まったのだろう。温泉のそばにいて助かったか、日光がしのびこむ氷の溝や裂け目を見つけたのかもしれない。しかし多くの、いや、ほとんどの生物にとって、スノーボールは破滅をもたらすものであった」。

「やがてスノーボール帝国の崩壊が始まった。火山ガスが少しずつ大気中にたまり、太陽の熱を取り込んで、周囲を蒸し風呂に変えていった。何百万年もの静寂を破って、とうとう氷が圧倒され、おそらく数世紀の間に急激にとけてしまったのだろう。そして気温は今度は40度にまで急上昇した。強いハリケーンが地表に酸性雨を降らせた。海は泡立ち、岩はベーキングパウダーのようにばらばらと崩れた。地球は冷凍庫からかまどへと、大変身をとげたのだ。・・・スノーボール後の蒸し風呂状態がようやく緩和され、およそ6億年前に、進化の歴史上、もっとも重要な瞬間がやってきた。その直後にできた岩に閉じこめられた化石には、複雑な生物の兆しがあったのだ。氷とそれに続く火の時代をぬけたとき、現在の私たちのまわりに見られる複雑さが出現していたのである」。

何がスノーボールを解かしたのか、この難問については、ずっと年下の研究パートナー、ダン・シュラグがこう説明している。「この惑星はごく低温に保たれ、静止状態にあった。厚い氷が海をおおっていた。巨大な氷河がじりじりと岩だらけの大陸の表面を削りとりながら進み、ゆっくりとそこにあるものすべてを粉砕していく。氷がさらに氷を生み、白く輝く表面が日光をはねかえして、地球を母なる冬に閉ざしてしまう。その中で氷の上に頭を突き出している火山と、海底でうずくまっている火山だけは例外であり、ずっと例外であり続けた。火山はいつものように噴火し、そのたびに灰と溶岩と――何よりも――二酸化炭素を吐き出している。少しずつゆっくりと、火山ガスが大気中にたまり、地球を暖気でくるんでしまった。そうして最後には、火が氷を圧倒した。ぽたん、ぽたん。これが変化を告げる最初の音だった。やがてそれが滴りとなり、流れ、氾濫した。そして完全に解け出した。氷は消え、地球は地質学的には一瞬のうちに、冷凍室から温室へと変わったのだ。そこまではジョー・カーシュヴィンクの仮説と同じだ。しかしここからが新しいところで、日曜の夜、ハーバード大学でダンの頭に突如ひらめいた部分である。その温室は、熱帯の熱機関が暴走したようなものではないかと思いついた。氷はなくなったが、それを溶かした熱があとに残って猛威をふるった。乾いて焼けるような空気は海の湿気を吸収し、渦を巻いて嵐の雲となる。超強力なハリケーンが地表を駆け回って、水分の多い荷物を滝のように雨として地上に戻した。大気は二酸化炭素で満たされていた。雨がどんなところを通ってきたとしてもすぐに酸性に変わる。・・・雪玉状態を脱した世界で、砕かれた岩に酸性雨が降り注げば、そこに化学反応が起きると考えられる。岩粉と酸が混ざり、結びつき、海へと流されていく。海水は音をあげながら泡立ち、海全体がコカ・コーラのようになる。そこにふたたび吹雪がまきおこる。ただし今度は水中でのことだ。ポスト・スノーボールの時代、世界中の海では白い石の粉が舞って白濁していた。それが海底のほんのわずかな部分にもふりつもる。酸性雨と岩粉が化学反応をおこして大量の炭酸塩岩がつくられ、惑星全体をおおう。小さなかけらが押しつぶされて固まり、岩となる。それがキャップ炭酸塩岩だというのが、ダンの考えだった。キャップ炭酸塩岩は地球を全凍結状態から救った、激しく奇妙な状況から、直接、生じたのである」。

「ポール・ホフマンは(ブライアン・ハーランドとジョー・カーシュヴィンクの)全地球凍結仮説から違った物語をつむぎだした。彼の理論はそれまでになかったものであると同時に、その基礎は過去の観察や考え方――特にハーランドとカーシュヴィンクのもの――にしっかりと根づいていた。しかし炭酸塩岩と炭素同位体に関する発見によって、彼とダン(・シュラグ)は全地球凍結仮説が間違っていないことを示す証拠を初めて提示することができたのだ」。

「ポールはそこで止まることもできた。しかし全地球凍結仮説の別の部分に、どうしても真実だと確かめたいことがあった。ポールは地質学的な論拠を強化する作業を続ける一方で、生物学的な意味合いにも興味をそそられていた。全地球凍結がその後の時代に新たな生命を生み出す刺激となったのだろうか。彼は最初から、氷とその余波が、地上に生命が現れて以来の進化における最大の事件の引き金となったと信じていた。つまり単純な生物から、複雑な生物への転換である。全地球凍結がなかったら、動物も、多様性に富む地球も、それを論じる人間もいなかったはずだとポールは考えている」。5億9千万年前に全地球凍結が終わった後に、カンブリア紀の生物の大爆発が起こっていることに着目し、全地球凍結が複雑な生物の大爆発を引き起こしたというのである。

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