情熱の本箱
これまで出会った経済学の名著の解説本の中で、私見では第1位の優れもの:情熱の本箱(352)

情熱的読書人間・榎戸 誠

経済学の名著の解説書は、これまで、かなり読んできたが、『経済学の名著50冊が1冊でざっと学べる』(蔭山克秀著、KADOKAWA)は、私の頭の中では第1位にランクされる優れものである。難しく大部の経済書を途中で投げ出すよりも、「ざっと」であっても、その経済書の最重要ポイントを学べるほうが、遥かによいからだ。本書は、こういう読者の願いをきちんと汲み取り、その役目をきちんと果たしている。

●アダム・スミスの『国富論』(1776年)――

「交換価値の測り方と言われれば、誰もが思いつくのが『通貨』だ。だがスミスは、通貨では『真の価値』は測れないと主張する。なぜなら通貨として使われる金や銀は、価値が変動するからだ。・・・では何で測ればいいのだろう? スミスの答えは『労働』だ。労働こそが、商品の交換価値を測る真の尺度なのだ。この考え方を『労働価値説』という」。スミスが唱えた『分業』、『労働価値説』、『貿易の自由』は、経済学の基礎となる重要な考え方である。

●ジョン・メイナード・ケインズの『雇用・利子および貨幣の一般理論』(1936年)――

「非自発的失業をなくすには、何が必要か?――ケインズの答えは『有効需要を増やすこと』だ。有効需要とは『実際の購買力に支えられた需要』にことだ。・・・所得水準が上がるにつれて、限界消費性向は逓減する、つまり、有効需要は減ってしまうのだ。そうなると、大事なのはもう1枚の翼『投資』だ。『消費+投資=有効需要』なんだから、消費需要が冷え込む分、投資をカンガン行えば、完全雇用は実現できることになる。・・・ケインズはここで、画期的な提案をした。『政府が市場へ介入』すればいいのだ。つまり政府が政策的に金利を上げ、政策的に投資(つまり公共事業)を行うのだ。・・・ケインズのこの発想は、従来なかった画期的な発想だ。だって個人でも国家でもそうだけど、ふつうは失業者が増えるほどの大不況に見舞われたら、人は本能的に『ヤバい!! 節約しなきゃ』と思う。でもケインズは、不況だからこそ政府は『ヤバい!! 金をばらまいて有効需要を作らなきゃ』という発想だ。従来とは完全に逆転の発想。だから人はこれを『ケインズ革命』と呼ぶ」。

●フリードリヒ・アウグスト・フォン・ハイエクの『隷従への道』(1944年)――

本書のポイントは、「『計画経済』は、人が自由を手に入れるための経済力を奪うので絶対NG!」。

●ヨーゼフ・アロイス・シュンペーターの『経済発展の理論』(1912年)――

本書のポイントは、「旧来のシステムと非連続に突如起こるイノベーションこそが資本主義を支えている」。

●ミルトン・フリードマンの『資本主義と自由』(1962年)――

「20世紀の経済学には、ケインズ以外にもう1人の巨人がいた。フリードマンだ。前半の巨人がケインズなら、後半はフリードマンだ。2人は真逆の資本主義を示した。ケインズが『修正資本主義』なら、フリードマンは『新自由主義』、ケインズが『大きな政府』でルーズベルトに影響を与えたなら、フリードマンは『小さな政府』でレーガンやサッチャーに影響を与えた」。フリードマンは、競争資本主義の貫徹こそ公正で自由な社会を導くためのカギと考えたのだ。

●ピーター・ファーディナンド・ドラッカーの『企業とは何か』(1946年)――

「GMの官僚主義的な経営方法を批判字、激怒された。しかし彼は、その経験をもとに『企業とは何か』を書き、『マネジメント(=組織運営のノウハウ)』の重要性を世に知らしめた、それがGNのライバル・フォードから絶賛され、その後同書はフォード再建の教科書となり、彼はフォードのコンサルタントとなった。こうして彼は、『マネジメントの専門家』として、広く知られるようになったのだ」。

●マックス・ウェーバーの『プロティスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(1905年)――

「お金儲けは、いやしいことでは全くなく、神の期待に応えること! 今日の経済システムの基本『資本主義』は人々の信仰心から生まれた」。

●カール・ハインリヒ・マルクスの『資本論』(1867年)――

「資本家の悪を糾弾し、人々を煽る『革命の書』のイメージは大違い! マルクスが目指したのは、資本主義の科学的な徹底解明だった。・・・自由な競争社会は、弱肉強食を誘発する。人々はいつの間にか『勝ち組』と『負け組』に、くっきり分かれてしまっていた。負け組はこう思う。『これが自由の成果ならば。自由なんかいらない。それよりも、平等で民主的な理想の社会がほしい!』――これが社会主義思想の発端だ。そして、多数派となった負け組(労働者)が、ごくひと握りの勝ち組(資本家)を最終的に倒すのが『社会主義革命』で、革命後に実現する平等な社会が社会主義社会だ。このような考え方の祖とされるのが、マルクスなのだ。ただし厳密に云うと、マルクスは社会主義の祖ではなく『科学的社会主義』の祖だ。・・・理詰め理詰めで分析していけば、最後には必然的に平等な社会が生まれるというクールな思想が誕生した。これが科学的社会主義であり、その祖がマルクスというわけなのだ。・・・マルクスは唯物論者だから、『未来予想図』など描かない。そういうものは観念的ば要素だからだ。皆さんにも覚えておいてほしい。マルクスは社会主義を語らない。『資本論』ではまったく語らず、その他の場でも社会主義を具体的に語ったりはしていない。彼が情熱を傾けたのは、ひたすら『打倒すべき<資本主義社会の分析>』なのだ」。

●トマ・ピケティの『21世紀の資本』(2013年)――

「ここまで資本所得の弊害が出てくると、やらなきゃいけない政策もおのずと見えてくる。ピケティが提案するのは、恒久的に課税する『世界的な累進資本税の創設』だ。・・・財政を賄うための方法は『税金と負債』の2種類があるが、どう考えても税金の方が望ましい。借金は無条件に不健全だし、国債発行は国債を買った金持ちの資本所得をさらに増やし、ますます格差は拡大するからだ。ならば金持ちから借りるより、『金持ちに課税する』方が健全だ。ならばやはり、恒久的な累進資本税だ。つまり不労所得をむさぼる財産持ちから、その財産の高に応じて、毎年毎年徴税するのだ。これで資本収益率が下がって格差は縮小し、国庫は潤う。これにインフレ目標を効果的に組み入れれば債務負担はさらに軽減し、現在想定されているよりずっと早く債務危機から脱出できる」。

●ムハマド・ユヌスの『ムハマド・ユヌス自伝』(1998年)――

「経済学の名を騙る『架空の物語』は、もううんざり! バングラデシュで貧困にあえぐ女性たちを救ったグラミン銀行の『逆転の発想』の融資制度とは?・・・貧困層にわずかな金額でも金が流れることで状況は劇的に改善され得る」。

●ジョン・スチュアート・ミルの『経済学原理』(1848年)――

「『古典派経済学の集大成』とも呼ばれる名著。スミスとリカードの議論を統合するも、要所要所で甘い『改良主義』の香りが漂う。・・・うーん、どうも経済学者たちの激辛な文章に慣れてしまったせいか、ミルの甘口は胃にもたれる」。若い時に『ミル自伝』を読んで以来、ミルの熱烈なファンである私は、いくら何でも、蔭山はミルに対して辛辣過ぎる、と文句を言いたい。

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