にこにこ院長の髭はチック仕上げ
何かににやにや、にんまりする人は多いが、自ずからにこにこ天気晴朗の人は稀だ。まして50歳過ぎの男性ともなれば、ドクトル・メジチーネにして専門家、オーソリティたる楡基一郎院長先生をおいては考えられぬ。本作は、昨年亡くなった北杜夫が生家の人びとをモデルに描いた長編小説。大正の初めから昭和の終戦に至る家族の歴史は分厚く、意気揚々と枝葉を茂らせ、やがて枯れていく。その根っことなるのが、山形から上京した精力的な基一郎の双肩と弁舌である。愛想のためなら酒も煙草も嗜んでみせ、真に愛好するのはぬるいラジウム風呂と赤いサイダー。にこにこには、ちょっとした元手がかかるのだ。(大音)
【五感連想】
- 食べたくなるもの:炊きたてごはん
- 聞きたくなる音楽:「ユーモレスク」ドヴォルザーク
- 想起する風景:同潤会青山アパート
- 連想するモノやコト:家族、青山脳病院、地震、火事、戦争
- つながる本:『血脈』佐藤愛子