外国の(ものかどうかもわからない年頃に)絵本やお話を読んだことがあれば、だれでも名前を知っている「石井桃子」または「いしいももこ」。これは、二〇〇八年に一〇一歳で大往生された石井桃子さんが、八〇歳を過ぎてから取り組まれた自伝的作品である。二・二六から太平洋戦争へという激動の時代が背景なので、それなりの覚悟を決めて読みはじめたら、見事に肩すかしをくらった。
一つひとつが懇切丁寧に編まれた「をかし」のモチーフを按配よくつなげた、陽射しに透けるブランケットのような作品だ。材料の糸は、庭に咲いた烏瓜だの青いリボンの麦わら帽子だのバタ焼きだの同級生のワルクチだのの日常茶飯事。いとけなく、さりげなく、なんてことなく、かけがえない「をかし」たち。よく見ればそれらをつなぐ地の糸は、病気や死や貧しさ、話の通じない輩という避けがたい現実で出来ている。
上下あわせて約八〇〇ページ。「あー、あんなにあったはずなのに、もうすぐ終わっちゃう」と、残り少ないお菓子のようにページを惜しみ惜しみ読む読書の歓びは、そうだ、この方に教わったのだ。キティちゃん以前の「少女趣味」が持っていた清潔と勤勉とユーモアと純情。わたしたちは失われたそれらに近づこうと〈女子会〉を催すのではないか。(oTo)
【五感連想】
- 食べたくなるもの:バタ焼きとかダンプリングとか伊勢エビ入りの味噌汁とか「栄養」たっぷりのもの
- 聞きたくなる音楽:ショパン「ノクターン」第20番
- 想起する風景:自由学園明日館
- 連想するモノやコト:少女趣味、キルト、大正デモクラシー、理想郷
- つながる本:『楽しみと日々』金井美恵子、金井久美子(平凡社)