『白鯨』で有名なメルヴィルの遺作。浦沢直樹の『BILLY BAT』が、本作を下敷きにしているかどうかは…?。
時代は19世紀、トラファルガー海戦へ秒読みの頃。誉れある英国海軍に強制徴用された水夫ビリー・バッドが主人公。二〇歳前のこの美少年は、タカラヅカも驚くほど全身これ「清く正しく美しく」のかたまり。かれに密かな嫉妬心を抱く古参兵クラガートは悪意と陰謀のかたまりとして描かれる。事件ともいえない出来事をきっかけとしたクラガートの卑劣な密告に嫌悪を抱いた艦長ヴィア(高潔で国や法に忠実、私心のない人物)は、自室で本人同士を対決させようとビリーを船長室に招く。その告発のあまりの荒唐無稽さに弁明もできなくなった直情径行のかれが憤激のあまり出した拳はクラガートを直撃し…という筋書きである。
もろもろの歴史や戦争や犯罪が教えるように、「善と悪」は相対的なものであり、その裁定と「罪と罰」は必ずしも一致しない。それでもなお、「まったき善」や「真っ黒な悪」は存在し、われわれ人間を試そうとしているのではないか…。まったく、目を開けて生きているつもりでも、明日は何がどう回転しているか、わかったもんじゃない。待てよ、これ、21世紀のアメリカとアラブ諸国とヨーロッパの関係の予言書だったのか?
【五感連想】
- 食べたくなるもの:紅玉
- 聞きたくなる音楽:Enyaの”Cursum Perficio”
- 想起する風景:
- 連想するモノやコト:軍艦、海、戦争
- つながる本:『カラマーゾフの兄弟』ドストエフスキー(光文社古典新訳文庫)