一枚の写真をじっくり読みほどいていく。そんな静謐な夜の時間を、久しく味わっていなかったことにつくづく感じ入る一冊。そうして、これまでの読書人生の夜の部すべてを賭けて推薦したい一冊でもある。
母が遺した三〇枚の写真を手に、スペインの作家リャマサーレスが、北部の鉱山町オリェーロスで過ごした自分の少年時代を語ってくれる。肉声による物語はとても短いが、心優しく正直で、省察に富む言葉が選び抜かれていて、遠いスペインの炭坑町を隣町のように錯覚させる。六歳から十二歳へと、多少病弱ながら家族や多くの友達に囲まれて成長していく著者とは逆に、衰退の影を深めていく故郷の町。一九五五年生まれの著者は、二〇歳までをフランコ政権下で過ごし、デビュー第一作では内戦下の山を描いた『狼たちの月』を上梓している。
モノクロ写真をつくる「白と黒」は「光と影」であり「昼と夜」、そして「生と死」そのもの。そんな手法で描かれた連作のなか、わたしのお気に入りは初めて女のコとダンスする瞬間を刻んだ「一度だけの人生」と、大編成の楽団が町にやってくる「コンポステーラの楽団」。あなたにもきっと、お気に入りの1枚ないし2枚3枚が見つかるはずだ。だって生という光は時と場所でそれぞれであっても、死によってわたしたちは地中深くで結ばれているのだから。
【五感連想】
- 食べたくなるもの:チューロ
- 聞きたくなる音楽:CLANNADの”BANBA”
- 想起する風景:レオン大聖堂
- 連想するモノやコト:映画館、バル、長距離バス、サーカス、旅芸人、巡礼
- つながる本:『夜の果てへの旅』セリーヌ(中公文庫)