学魔の本函
『魔術の帝国 ルドルフ二世とその世界』R.J.W.エヴァンズ を読む!

魔術の帝国

『魔術の帝国 ルドルフ二世とその世界』R.J.W.エヴァンズ


ルドルフ二世といえば、アルチンボルドの有名なマニエリスムの傑作肖像が有名な皇帝だが、なんであんな変な物を書かせて平然としていたのか不思議な感がしていたのであるが、この本によって、かなりのところその意味がわかった。本書は1600年前後のプラハの政治・文化の状況を詳細に書いたものであり、かつその中心にいたルドルフ二世の精神のあり様を追求したものでもある。

ルドルフは歴史的評価が分かれている王である。つまり狂的な、或いは当時のはやりのタームでいうメランコリー気質の廃人というもの、それと対照的に、政治に積極的な役割を果たそうとしながら破れた偉大な君主というものである。この両極端な評価は、実はそうはなれた事実を示しているのではないようである。

この時代、キリスト教はカトリックとプロテスタントに分裂し、その宗教的対立に世俗権力が結びつき社会的混乱はいたるところに現れていた。そのような時期に実は極端な宗教に依らずにむしろ中庸を行くようにして、キリスト教の本質に身を投じようとする姿勢がかなりの程度社会的に広まっていたようである。ルドルフもそのような君主の一人であった。それ故、プラハには、両派の過激な宗教運動を逃れた文化人が亡命してきていて、そのような知識人の知性がプラハの自由な学問研究を開花させたのである。その学問は普遍を求める精神構造であり、カトリックが堕落し、失ったものの再構築でもあった。ルドルフの政治が非常に中途半端な立場をとり続けたために、政治的安定が得られなかったという評価は、実は逆に両極端から身を引き離し、中庸による普遍の希求と和平をめざしたという風に解釈される。その政治的動きが成功を収めることがないままに、ルドルフは精神的なストレスに耐えられず、文化事業に没頭し、城に閉じこもって、やがて崩壊して行くが、ルドルフの治世に花ひらいた文化・芸術は後世に大きな影響を与えている。

本書に特徴的なことは、すさまじい数の人物の登場である。私たちが知る幾人か、たとえば、ケプラーとか、ジョルダーノ・ブルーノとか、ジョン・ディーとかアルチンボルドなどは多彩な人物の中でとりたてて驚くような人物ではない。それほどまでにプラハに集まった人物たちは多数であり、かつ高等な知識の持ち主で、それらが「術(アルス)」をつうじて結合し、知的文化圏を構築していた。

その知の基礎を成したのがオカルトであり占星術、数秘術であった。なに故か?魔術というとひどく前近代的で遅れた知の印象があるが、宗教改革で中世的知の世界構造が崩れた時、その本質を再度根本から究めようとしたところから起こったのが、大宇宙と小宇宙の照応関係による世界認識であった。ここでは神がすべてであり、世界の事物は大宇宙と関係しているという認識であることから、あらゆるものを蒐集し、展示すると言う概念が生じたりする。そこから例のアルチンボルドのルドルフ二世の肖像(あらゆる季節の花や果実で顔を描く)のような表象が現れる。また自然の徹底的な観察が精神の根底にある霊的なものを呼び起こすという神秘主義(オカルト)が大きな意味を持ってくる。それには技術としての錬金術もあるが、むしろ物事の変成をうむ過程から知的な根本概念を取り出すと言う抽象的思考の顕現の方が大きかった。

1600年前後の知の世界図を知るには格好の書籍である。また、魔術とか、神秘主義とか、オカルトとかの本来の意味がよく分かるのである。そして、後半にまとめられている、マニエリスムの記述が非常に参考になる。

魔女:加藤恵子