認知症一歩手前の魔女にさて過去のプロ野球のあれこれが理解できるか?ともかく突入。やってみました。
この私、ほとんど野球について分からない。とわ言え黒柳徹子が「なんで打つと左に走らないの?」と言うのとは比較されるほどではない。何とわが放蕩親父は今沢村賞という投手最高の栄誉賞の名前になっている沢村を個人的に知っていたといっていたし、長嶋茂雄がプロ入団の会見を記憶している。だが徹頭徹尾巨人が嫌いというスタンスはなぜなのかよくわからないが、たぶん「紳士たれ」とか「球界の盟主」とか苦虫噛みつぶした川上哲治が嫌いというラインに繋がるのではないかと思う。つけくわえれば金持ちが嫌いもあるかもしれない。
にもかかわらず本書に出て来るあまたのプロ野球選手、また球団関係者をすべてとは言わないがほぼ判別できた。更には懐かしさすら覚えた。それほど本書で描かれたプロ野球の歴史を担った選手たちが縦横無尽に活写されているのである。そしてそれらの人物が見つめ、話しを収斂させている人物こそが根本陸夫である。
本書は伝記とされているが、根本陸夫はすでに亡く、筆者が根本と関わりをもっていた人物から丹念に集めた聞き書きと筆者がこれまでに集めてきたデータを集合させて、根本と言う人物の姿を再現させようとした非常に筆者の力業が見事に結集した作品となっている。伝記という作品はしばしばそれが時系列で書かれようが、エピソード中心に書かれようがどこかに人物を顕彰しながら、筆者が読む者に教訓を垂れるという苦みを排除できない。しかし、伝記の決定的な面白みは実は虚実のあわいから立ち上る人物像を読者が自らのものとして掴み取れるからだ。本書で言えば証言者として登場して来るプロ野球人たちのあれこれの思い出のシーンに登場する根本が何を証言者に残したかを語る時、はからずも彼らの心に強烈な印象を残した言葉がみごとに証言者の人生に働きかけ、そして多くの証言者を動かした言葉が渦を巻いて中心に集まり根本の姿を優勝の胴上げの如くに空中に高く投げ挙げられたことである。
根本というこの野球人の生涯が興味深いのは表面的な成功がほとんどない。にもかかわらず生涯プロ野球界に生き続け、現在に至る球界の人的基盤を作り続けたという稀有な経歴であるかもしれない。根本の現役は僅かに4年で、華やかな姿を思い浮かべることは読者にも無理であろう。その後の人生を活躍と称すべきなのかどうか判然としないが、スカウト、コーチ、短期間の広島の監督、クラウンライターライオンズ、ダイエー(現・ソフトバンク)の監督、GM、そして辣腕を振るったのはスカウト経験と各界の人脈を駆使してのドラフトやトレードであるということで、プロ野球のグラウンド下が活躍の場面であったことが根本の真の姿をプロ野球ファンには印象を残さなかった点である。しかし本書は実はプロ野球を華やかで、活気あるものにするための基本である選手たちをどう動かしたのか。それはプロ野球へ選手を誘う事から始め、選手を育て、スランプから立ち直らせ、そして最も根本の優れた精神性が現れたのは、選手を単なる持ち駒のように見るのではなく、選手が現役を退いた後の生き方までもきっちりと念頭に置いた指導を心掛け、表立ってはほとんどわからないように密かに動いたということも一度ならずあったようだ。現在は野球人の現役年数はかなり伸びたとはいえ、プロ野球選手の活躍年数は長くはない。その彼らに引退後の生活を見据えた指導を行なったことは、根本という人物の精神にある人をまるごと面倒見ることは、野球選手を使い捨てにするわけではない、選手にとって野球を選び取ってくれた各個人の生き方に責任をもってコミットし全うさせたいと言う一言で言うのは困難であるが、いまや希少価値になってしまったような真の教育者の姿を見るようである。さらに根本は表に出ることを極力さけて、下支えに徹することに努めたようである。その仕事は結論を急ぐ表面の在り様に対し、数年、さらにはもっと長期的展望をもって動く、根本の場合はプロ野球全体の質的向上になるのだが、その腰の据わった仕事ぶりがあったればこその現在のプロ野球の繁栄が実はあるという点で、注目すべきプロ野球の中核を見せてもらったという貴重な証言本となっている。
証言者は20名。バッテリーを組んだ古くからの友人関根潤三をはじめとして球界にかかわる各方面の人々で、それはプロ野球選手にとどまらず、アマチュア野球関係者、果ては記者にまで及んでいる。すべて根本に直接の関わりをもった人たちで、根本の影響が球界のそれぞれの位置で今も生きている事を証明している。この点をいささか意地悪に読めば、根本の精神が継承された成功例だけが対象になっているということも指摘されるかもしれない。その点を云々すれば、すべてが意味を成さなくなるであろう。成功者がすべてとは言わないが、野球の打率だって3割打てばいいわけだから、根本の人的成功率も3割程度かもしれない。それでも充分大打者であろう。
根本の人に対する姿勢は非常にシンプルであったようだ。それは信義を重んじて、人を裏切らない(ただし裏の手を使う事はあったようだ)、野球選手を社会で特殊な存在にしない。自ら考える、そのためにあえて深く介入しない。しかし困難に直面している選手には徹底的に付き合う。みずからを棄ててもプロ野球界を盛たてるための戦略を考える。素人にはトレードというのは選手の払い下げ見たいなイメージを抱いていたが、完全に間違いであったようだ。むしろ選手の側に立ち、プロ野球界全体のイメージを落とさずに古参選手に活躍の場を広げる。現在、トレードということがあまり重視されていないような印象があるが、どうなんだろうか?また多くの証言者が語っているのが余りにも素朴で笑えるほどだが、「きちっとした服装をしろ」とか、「タダ酒を飲むな」とか「大人になれ」とか、こんな言葉で人が後のちまで印象深く記憶するのかと思うのだが、野球一筋に来た若い選手が社会との関係から離れて高慢な野球人となることをいさめたのであろう。もちろん、根本の真骨頂はほとんど「人たらし」であり、心底から必要と思える選手に接触し、外堀から埋め尽くし、自らの懐に飛び込ませる。そして、最後まで面倒をみる。「親分」的心性は誰もが心よく思い出として心にのこり、かつその影響を受けたそれぞれがまた同じような心性でプロ野球界を牽引する。このサイクルが生きると言う事が今後のプロ野球が更に盛り上がるための基盤をなす事になるのかもしれない。
最後に、エピローグにおいてこの根本の遺産という点に異議を唱えている人物がいることが紹介されている。坂井保之。根本をクラウンライターライオンズの監督に招聘し、西武では球団代表としてコンビを組んだ人物である。彼はこう証言した「野球界で、この人なしに発展しなかった、と言う人はひとりもいません。個人依存のジャンルではないからです。・・・文化、歴史というのは個人依存ではない。だから私に言わせれば、根本陸夫は、野球界という森に咲いた徒花です。彼が出現しなくても、どうってことはなかった」と。根本の動きはたまたまうまくいっただけ。そう評価されても、別に困惑する必要はないような気がする。我々の人生だってほとんどいきあたりばったり。上手くゆけばもうけものだし、根本が本能的に動く人物だったとしても、私は人に優しいという立った一事だけでも充分に評価できる。私には最大の驚きだったのは、ロシア正教の洗礼を受けていたという点である。ロシア正教にどのような接点があったのであろうか?むしろその一点から根本の真の精神を読み解かなければならないことが著者には残されたような気がしたのである。
ともかくプロ野球の今にいたる基盤を作り、多くの選手、監督、スカウトまでを育て上げた「徒花」根本陸夫という人物をみごとに浮かび上がらせてくれた筆者高橋安幸氏の力作をどうぞ。
魔女:加藤恵子