ヒッグス粒子発見、重力波直接観測を踏まえた最新素粒子論の解説書
『素粒子論のランドスケープ(2)』(大栗博司著、数学書房)は、著者が雑誌に寄稿した文章や対談・座談会の記事で構成されているが、直近5年間の最新成果がきちんと踏まえられている。「この5年の間には、50年前に予言されたヒッグス粒子が発見され素粒子の標準模型が完成し、また100年前に予言された重力波が直接観測されて宇宙に新しい窓が開くなど、素粒子物理学や宇宙物理学では大きな進歩がありました。私の研究する超弦理論の研究でも、量子情報理論との深い関係が明らかになりつつあり、重力の謎の解明に新しい角度からの挑戦が始まっています」。
収録されている文章のそれぞれについて、高校生でも気軽に読める記事には☆、理系に興味のある学生や社会人を想定したものには☆☆を付して難易度を示しているほか、素粒子論年表、用語解説、人名索引、事項索引を添えるなど、この著者らしい配慮が行き届いている。
巻頭の「超弦理論が予言する驚異の宇宙」を読めば、アインシュタインの重力理論、ハイゼンベルクの不確定性原理、4つの力、超弦理論――といった素粒子論の全体像を理解できる仕組みになっている。
「一般相対論と量子力学の統合に向けて」では、現代物理学の大きな課題の一つである一般相対論と量子力学の統合を達成する究極の統一理論の最も有望な候補である超弦理論の現状、特にアインシュタインらが指摘した「量子もつれ」について解説されている。
「ヒッグス粒子と対称性の自発的破れ」には、興味深いことが書かれている。「ワインバーグとサラムがカイラル対称性を自発的に破るときに使ったのが、ヒッグス粒子の理論でした。ところがどのように理論を工夫しても、遠くまで伝わる力が出てきてしまいます。原子核の中の力を説明しようとしていたので困ってしまいました。この力を何とかしなければと悩んでいたワインバーグは、ある日通勤途中に、遠くまで伝わるこの力は、電磁気力であることに気がつきました。ヒッグス粒子の理論を使うと、弱い力だけでなく、電磁気力も説明できる。まったく別の力だと思われていたこの2つの力は、実は1つの力を起源としていたのです。・・・(弱い力と)電磁気力とはまったく異なる力のように見えます。しかし、それはヒッグス粒子がカイラル対称性を自発的に破っていたからです。理論の美しさ、すなわち対称性を隠し、弱い力を恐ろしい野獣の姿に変えていたのは、ヒッグス粒子だったのです」。
「対称性の自発的破れという南部(陽一郎)の理論と、それを弱い力に応用したワンバーグとサラムによって、ヒッグス粒子の魔法が解かれ、理論の真の対称性が明らかになりました。そして昨年(=2012年)のヒッグス粒子の発見により、このしくみが自然界で実際に起きていることが、ついに実験的にも検証されたのです」。
素粒子論の現状と今後を理解するのに、最適な一冊である。