情熱の本箱
人類の歴史に残る200冊とは、いったい、どういう本だ:情熱の本箱(370)

情熱的読書人間・榎戸 誠

読書大全――世界のビジネスリーダーが読んでいる経済・哲学・歴史・科学200』(堀内勉著、日経BP)では、人類の歴史に残る200冊が挙げられている。

宗教から始まった人類の思索が、哲学という形に移行し、そこから自然科学が分岐し、そして経済学が誕生したという著者の考え方は興味深い。

200冊の中で、とりわけ印象に残ったのは、次の7冊である。

●『物の本質について』(ティトゥス・ルクレティウス・カルス著)

「『物の本質について』は、共和政ローマの詩人・哲学者ティトゥス・ルクレティウス・カルスが、エピクロスの宇宙論を6巻7400行からなる六歩格詩の形式で著して、原子論的自然観と無神論を説いた書物です。エピクロスは、雷、地震、日食など説明のつかない自然現象を見て恐怖を感じ、そこに神々の干渉を見ることから人間の不幸が始まったのだと考えました。そして、こうした自然現象について、神を持ち出さずに全て原子の振る舞いによって説明することができれば、人々は迷信から脱却し、不安はなくなり、平穏で幸福に暮らすことができるのだとして、自然界の基本的要素と普遍的法則の理解が人生の最も深い喜びの一つなのだといっています。さらに、死によって全ては消滅するとの立場から、『精神の本質は死すべきものである、と理解するに至れば、死は我々にとって取るに足りないことであり、一向問題ではなくなってくる」という死後の罰への恐怖から、人間を解き放とうとしています。モンテーニュの『エセー』の中には、本書から100近い引用があり、特に、死後の世界の悪夢によって道徳を強制するという方法を批判するルクレティウスに共感を覚えていたことがうかがえます』。

●『中論』(龍樹著)

「『中論』は、インドの初期大乗仏教の僧・龍樹が、原始仏教以来の縁起説(他との関係が縁となって現象が生起するという仏教の教説)に独自の解釈を与え、その後の大乗仏教の思想展開に大きな影響を及ぼした仏教書です。真の涅槃(繰り返す再生の輪廻から解放された、完全な静寂、自由、最高の幸福の状態)とは、一切の分別(諸々の事理を思量し、識別すること)や戯論(無意味で無益な言論)が滅した境地です。人間の有り様に関する因果の道理を明らかにし、道理に対する無知が苦悩の原因だったと悟ることで、苦悩が消滅し、輪廻もなくなるということです」。

●『人間不平等起原論』(ジャン・ジャック・ルソー著)

「人間が農業を始め、土地を耕し、家畜を飼い、文明化していく中で、私有財産制が、ホッブスが『リヴァイアサン』でいうところの『万人の万人に対する闘争』状態を招き、それ以前の自然状態は失われていきました。結果として、人間は『徳なき名誉、知恵なき理性、幸福なき快楽』だけの存在になり、不平等という弊害が拡大していくにつれて社会に悪が蔓延し、不平等が制度化され、現在の社会状態へと移行したのだと結論づけています。このようにルソーは、文明化によって人間が本源的な自由を失い、社会的不平等に陥った過程を追究し、当時の社会を批判したのです。その上で、不平等が人間にとって必然的にもたらされる結果ではあったとしても、法によって人為的に許容される不平等が自然な不平等よりも大きいなら、それは不自然な不平等で自然法に反するものであるから容認できないと結論づけています」。

●『ツァラトッストラはこう言った』(フリードリヒ・ニーチェ著)

「本署は、主人公のツァラトゥストラが『永劫回帰』『神の死』『超人』を語るという体裁をとっています。『永劫回帰』というのは、世界は何かの目標に向かっているのではなく、現在と同じ世界を何度も繰り返すという世界観です。生きることの苦しみを来世の解決に委ねるというキリスト教の考え方を否定し、意味のない人生であっても無限に繰り返し生き抜くという考え方は、彼の超人思想につながっていきます。ニーチェは、西洋社会を支配してきたキリスト教的価値観や形而上学的な世界観・人間観というのは、現にここにある生から人間を遠ざけるものだと考えました。そして、『神は死んだ』として、ソクラテス以降の西洋社会を支え続けた根幹にある思想の死を宣言しました。弱者が強者に対して抱くルサンチマン(怨恨)という負の感情を超越した人間が強者であり、『超人』(高次の人間)なのです」。

●『存在と時間』(マルティン・ハイデッガー著)

「ハイデッガーによれば、全ての存在者の中で、存在の意味について関心を持ち、理解し得る可能性のあるのは、理性ある『人間』だけです。現存在(人間)は時間の流れの中にあり、過去に世界とどう関わったかによって現在があり、現在どのように世界に関わるかで未来が決まるというように、時間を抱え込んで存在していると考えました。ハイデッガーは、未来の可能性に自らを駆り立てる生き方を実存的生き方として、逆に、未来の可能性に目を向けず、同じ日常に止まり続ける生き方を『頽落』として批判しました」。

●『我が闘争』(アドルフ・ヒトラー著)

「今回選んだ200冊の中で、唯一、反面教師として人類が記憶に留めておくべき本として取り上げることにしました。その内容は、ヒトラーの半生と世界観を語った第1部『民族主義的世界観』と、今後の政策方針を示した第2部『国家社会主義運動』に分かれています。中でも顕著なのは。世界は人種同士が覇権を競っているというナチズム的世界観です。反ユダヤ主義を唱える一方で、アーリア民族の人種的優越を説いています。なお、日本人については、文化的に創造性を欠いた民族であるとするなど、背別的発言が多く見られます」。

●『科学者が人間であること』(中村桂子著)

「生命科学の分野で今行われているのは、『生きものとしての人間を知り、そこから新しい生き方を探る』ことではなく、『人間を機械として見て、その故障を直す技術を開発し、それでお金を儲ける』ことになってしまったと指摘しています。その上で、科学を踏まえながら『自然や生きものを総合的に捉える』という性質と、『生きものであり、自然の一部である人間の生き方に沿う』という性質をあわせ持つ『知』のあり方を提唱します。そして、こうした理解は、科学者に限らず、政治家、官僚、企業人といった全ての人々に共通に求められるのです」。

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