情熱の本箱
胸がキュンとなってしまいました:情熱の本箱(14)

本屋の奥さん


情熱的読書人間・榎戸 誠

軽い気持ちで読み始めたコミックなのに、胸がキュンとなってしまいました。こんな締めつけられるような思いをしたのは、本当に久しぶりのことです。

『あの商店街の、本屋の、小さな奥さんのお話。』(高橋しん著、白泉社)は、昭和の中頃、結婚して1週間後に亡くなってしまった夫(妻は「旦那樣」と呼んでいる)の小さな本屋を継いだ、小さな奥さんの物語です。一般常識も、本のことも、書店経営のことも、何も知らない、田舎の貧しい農家出身の奥さんが、亡くなった旦那様の夢を実現しようと、商店街の人々を巻き込みながら、独自の方法で本屋を何とか切り盛りしていく物語です。

むかし、昔。東京で、一番本が読まれるって言われる小さな町があったそうで ――そう言われるようになる少し前 まだ、大きな戦争が終わって、10年ばかし経った頃のこと 東京近郊の田園が広がるこの町の 小さな商店街の一角に あの、本屋さんはあったのです」――と始まります。

生前、「本はね それ自体は食べられないし何の栄養も無い でもね、人が、何年も、何十年も生きないと得られないような無数の人生がそこにあって 生きる方法がこの中に沢山入っている 本を読む事は探し続ける事です 本を読む事は生きる事だと 僕は思うんです」と優しく教えてくれた旦那様のことを、奥さんは今も尊敬しているのです。「旦那樣はこの街の人に読んで欲しいって、本屋をはじめました。だからこの棚には、全部その本が揃ってるはずです」。「ただ、ただ 旦那樣の本屋さ残すためにオラの出来ることは この街の人に本を読んでもらって 買ってもらって ただ それだけ考えるだけで精一杯で・・・」。

奥さんのことをあれこれ心配してくれる、向かいの八百屋の息子・ハチさんに対する奥さんの呟き。「・・・ハチさん 旦那様と同じにおいがします 本が、好きな人の、においです」。

「また、ハチさん 旦那様と同じ事言ってます! 本を読むと、明日が変わるんです。 書いた人の、伝えたかった事が本を通して、目を通して体の中に入ってしまったら もう、昨日までの自分ではないんです。その人にとって、必要だったはずの本に出会い、読んだ時 大きくても、小さくても 違う明日になっている その未来の笑顔を僕は見たいんです」。

本屋が潰れそうと聞いて、心配して集まってきた商店街の人たちへの奥さんの台詞。「・・・本は、品物じゃないんです。だって、食べれもしなければ 何の役にも立たないでしょう? なぜかって言うと、これ、本を書いた人と、本を作った人との 『人に伝えたいって想い』を紙に書いて、描いて、値段を付けて売っているだけなんです」。

「そう、奥さんは 『この街の人のために』――旦那さんのその言葉を信じて 旦那さんの仕入れた本達をジャンルや著者順ではなく 『お客様順』に並べてしまったのです」。

旦那様の仏前で、奥さんは、毎晩、旦那様に語りかけます。「旦那様 旦那様の本屋さん 昨日よりだいぶ売り上げあっただぞ 皆さん 本読んでよかったら ちゃんと楽しみに買って下さるだ」。しかし、経営難はまだまだ続くのです。