情熱の本箱
トム・ソーヤー不要論:情熱の本箱(248)

ハックル

トム・ソーヤー不要論


情熱的読書人間・榎戸 誠

『ハックルベリー・フィンの冒険』(マーク・トウェイン著、土屋京子訳、光文社古典新訳文庫、上・下)を読み終わった時、怒りが込み上げてきた。

12歳の浮浪児、ハックルベリー・フィンは、呑んだくれてハックルベリー(愛称:ハック)に暴力を振るう父親と、ダグラス未亡人宅での窮屈な生活から逃れるべく、逃避行の旅を計画する。自由を求めて、ミシシッピ川を大きな筏で下っていこうというのだ。そんな折、思いがけない仲間に巡り合う。ダグラス未亡人の妹のミス・ワトスンによって売っ払われそうになったため、逃亡して潜伏中の黒人奴隷ジムだ。当時、捕まった逃亡奴隷は厳しく罰せられた。

2人は、自由州まで逃げ延び、自由になりたいというジムの切なる願いを実現するため、筏の旅をスタートさせる。「筏暮らしは楽しかった。上を見りゃ空があって、そこらじゅう星だらけ。おいらとジムはあおむけに寝ころんで星を見上げて、あれは誰かが作ったもんなのか、それとも自然にできたもんなのか、って話しあったりした」。「けっきょく、筏よりいい家なんかねえよな、って話になった。ほかの場所は、きゅうくつで息が詰まりそうだけど、筏はそうじゃねえ。筏の上なら、重いっきり自由だし、気楽だし、居心地がいい」。

途中で、筏に逃げ込んできた、それぞれ「王様」と「公爵」を自称する2人のペテン師と行動を共にすることになり、彼らのせいで、てんやわんやの大騒ぎに巻き込まれる。

さらに旅を続けるが、ペテンが奏功せず、すってんてんになった「王様」がハックとジムを裏切って、ジムをある農場に売り払ってしまう。「こんだけ長いこと旅してきて、こんだけ(ペテン師の)連中のためにしてやったのに、ぜんぶパーになって、何もかもぶちこわし、台無しだ。あの悪党どもめ、ジムをこんなふうにだますなんて、ひどすぎる。また一生奴隷の身にさしちまうなんて。しかも、ぜんぜん知らねえ人たちん中で、40ドルの汚いカネのために」。

ジムを解放するため、農場に乗り込んだハックの前に、突然、親友のトム・ソーヤーが現れる。

ハックから事情を聞いたトムは、ジム解放に協力を申し出るのだが、トムというのは嫌になるほど理屈っぽい奴なのだ。トムが出現するまで、私もハックとジムに同行しているかのような気分で物語の展開を楽しんできたというのに、理屈っぽい上に、自己主張が強く、自分のやり方に固執するトムのせいで、俄然、物語がしぼんで、面白くなくなってしまった。私が怒っているのは、この点である。トムの協力なんかなくても、ハックなら何とかジムの解放に漕ぎ着けることができたはずだ。

『ハックルベリー・フィンの冒険』が『トム・ソーヤーの冒険』の続篇だからといって、この場面でトムを登場させたマーク・トウェインにも、私の怒りの矛先は向いているのだ。

ただ、マーク・トウェインに礼を言わねばならない点もある。本作品のおかげで、当時のアメリカ南部の社会状況が生き生きと甦ってくるからである。本来なら許されない奴隷制度が既に定着しており、白人も黒人もこの制度をおかしいとは思わなくなってしまっている。

「奴隷商人が2人やってきて、王様(ペテン師)が黒ん坊たちをまあまあの値段で売ったんだ。で、黒ん坊たちは連れられてった。息子2人は上のほうのメンフィスへ、母親は下のほうのオーリンズへ」。

例えば、一般家庭の白人女性がこういう会話をする。「『あら、たいへん! けが人が出たの?』。『いや、黒ん坊が一人死んだだけです』。『ああ、よかった』」。

別の女性の場合。「『あたしなら、ここの黒ん坊どもを一人残らず叩きのめして、誰が助太刀したのか見つけずにゃおかんね』」。

白人男性の言葉。「『あれを書いた黒ん坊どもには、しこたま鞭をくれて――』」。

ハックでさえ、ジムの逃亡を助けることは、白人社会のルールを守らねばならないという「良心」の声に逆らうこと、法律違反を犯すことではないかと思い惑っている。しかし、ジムの逃亡に加担することを決意する。「もっと考えた。ここまで川を下ってきた旅のこととか。そしたら、いっつもジムが目の前にいた。昼も、夜も、月夜も、嵐のときも。おいらたちは川を下りながら話をして、歌を歌って、いっしょに笑った。どこを思い出しても、なんでか、ジムの(逃亡の)ことを通報しちまおうって気になれることは一個も思いつかなかった。そうじゃねえことばっかし思い出した。ジムは、自分の見張り番が終わったあとも、おいらを起こさずに、かわりに見張り番を続けてくれた。おいらがもっと眠れるように。霧ん中からおいらがもどってきたとき、あんなに喜んでくれた。例の宿怨のあったとこの沼地でまた会えたときとか、ほかのときも、ほんとに喜んでくれた。ジムはいっつもおいらのことをハニーって呼んで、かわいがってくれて、おいらのために考えれることは何でもやってくれて、いっつもどんだけおいらに良くしてくれたか。そんで、最後に、おいら、筏に天然痘の人間が乗ってるって言って男たちを追っぱらってジムを助けたときのことを思い出した。あんとき、ジムはすげえ感謝して、おいらのことを、ジムの一生でいちばんの友だちだって言った。いまのジムのたった一人っきりの友だちだって言った」。

また、当時は、白人同士がいとも簡単に銃で殺し合い、何かあるとリンチという手段に訴えていたことが分かる。

名家のグレンジャーフォード家とシェパードソン家の宿怨は凄まじい悲劇を生み続ける。「『宿怨ってのは、こういうことだよ。ある男が誰かとけんかする、そしてその相手を殺す。そうすると、相手の兄弟が、こっちの男を殺す。それからは、どっちの側も、ほかの兄弟が相手の兄弟を殺そうとする。そのうちに、いとこも巻きこまれてくる。そうやって、いつかそのうち、みんな殺されちゃったら宿怨はなくなるってわけ。けど、それはすぐに片がつくようなもんじゃなくて、長い時間がかかるんだ』。『ここのも長いこと続いてんのか、バック?』。『そりゃ、そうさ! 30年とか、そのぐらい前からだから。何かでもめて、裁判になって、その裁判で負けたほうが勝ったほうを撃ち殺して――まあ、あたりまえのことだよね。誰だって、そうするから』」。ハックにこう語っていた、ハックと同年代のグレンジャーフォード家のバックは、間もなく勃発したシェパードソン家との撃ち合いで殺されてしまう。

町中では真昼の射殺事件が起こる。「誰かと思って見たら、さっきのカーネル・シャーバーンだった。じ〜っと動かずに道に立ったまんま、ピストルを持った右手を上げてた。・・・バン!って一発目が鳴って、ボグズが空をつかみながら後ろによろけた。バン!って二発目が鳴って、ボグズが両腕を広げたままドサッと背中から地面に倒れた」。

この時代、男性に一歩も引けを取らない、しっかり者の女性が存在したことが活写されている。「みんなは何て言うか知らねえけど、おいらの意見じゃ、メアリ・ジェーンはどんな女の子よりガッツがあると思う。ものすげえガッツがある人だと思う。お世辞みたく聞こえるけど、ちっともお世辞じゃねえから。それに、美人だってことについても、心が正しいってことについても、メアリ・ジェーンよりすげえ人はいねえと思う」。

子供が煙草を吸う場面がしょっちゅう出てくるのには、驚いた。「おいらはパイプに火をつけて、のんびりタバコを吹かしながら見物を続けた」。

くどいようだが、おいら、じゃなかった、私は本気でトムに怒っているのだ。何なら、トムが突然現れる場面を塗り潰して、トム抜きのハックによるジム解放物語を私が書き足してもいいぐらいに思っている。